【日中不易流行】「日中関係改善へのキャリア教育的アプローチ ー偶然から幸運をつかむ方法ー」

 私は、大学院では中国ビジネスに関する授業を担当していますが、学部ではキャリア教育の授業を7年間担当しています。今風に言えば、キャリア教育と中国ビジネスの「二刀流」です。思い起こせば、民間企業で20年間中国ビジネスに関わり、その後7年間大学職員として就職支援の仕事ができたのは偶然とは言え、大変幸運であったと思います。そして、欧米に比べると生活環境が厳しく混沌としていた1990年代初めの中国に出会ったことが、想定外にエキサイティングで面白い人生のスタートであり、今では長い付き合いとなった中国に心より感謝しています。
 さて、「キャリア Career」=仕事・出世」と思いがちですが、キャリアとは広く「生き方そのもの」を差し、ラテン語の「Carrus (轍 わだち)」を起源としています。「轍」という言葉自体、何かドラマチックで、人によって思い出す風景は真っ直ぐだったり、グネグネしていたりとまったく違うと思います。余談ですが、日本人の多くはこの言葉を聞いた瞬間に、「夢の轍」(さだまさし1982)、「希望の轍」(サザンオールスターズ1990)、「轍-わだち」(コブクロ2001)という人生を語る名曲を思い出すのではないでしょうか。
 また、キャリア教育とは、一言では「人生という長い旅の羅針盤を手に入れること」と言われていますが、山登りに例えるなら、「自分はどの山に登りたいのか、どうやって登るのかを教える」ものです。そんな一見無関係なキャリア教育と中国ビジネス。私としては、この二つを結び付ける糸口はないかと今まで思案していました。偶然でありながら幸運に恵まれた自分のキャリアを振り返ると、キャリア教育の中で、「逆境を乗り越える考え方」として、私が一番腹落ちしたクランボルツ先生の「計画された偶発性理論」。これを逆境にある現在の日中関係に絡めて紹介したいと思いつきました。何やらこじつけ気味かもしれませんが、些少なりと日中関係回復へのヒントになれば幸いです。
 スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画された偶発性理論」(Planned Happenstance Theory)の根幹は、「個人のキャリアの8割は予期せぬ偶然の出来事によって形成される」という現実を受け入れた上で、その偶然をただ漫然と待つのではなくて、主体的な行動によって自らのチャンスに変えていこうというものです。人生で起きる数多の偶然を味方に付けられたら、これは最強だと思います。
 一方で、現在の日中関係も多くの要素が複雑に絡み合い予測不能な状況です。そこで、「計画された偶発性理論」をこの閉塞感漂う日中関係に当てはめた場合、「完全にコントロールされた理想形」というほぼ不可能なことを追い求めるのは止めて、日々生ずる不測の摩擦や軋轢を「将来の関係改善へのチャンス」だと前向きに捉えるという新たな「マインドセット」(物事の見方)を手に入れることができます。
 さらに、クランボルツ先生は、予期せぬ出来事をチャンスに変えるには、個人が備えるべき5つの行動特性を挙げています。この5つの行動特性は、以下の通りそのまま現在の日中関係における外交やビジネスの基本姿勢に置き換えることが可能と考えました。

行動特性個人における定義日中関係:外交・ビジネスへの置き換え
好奇心 (Curiosity)新しい学びの機会を模索・バイアスを排し、新たな変化や共通課題に関心を持つ
持続性 (Persistence)失敗に負けず努力し続ける・粘り強い交渉、対話を絶やさない
柔軟性 (Flexibility)姿勢は状況を変える覚悟を持つ・対立構造を排し、実利的な協働を模索する
楽観性 (Optimism)新たな機会は必ずやって来ると信じる・共存共栄への解決の糸口は必ずあると信じる
冒険心 (Risk Taking)     結果が見えなくても行動を起こす・批判を恐れず、草の根交流の場を開拓する

 まず現在再始動が求められているのは、「好奇心」と「持続性」だと感じています。「好き」の反対語は「嫌い」ではなく、さらに最悪なのは「関心が無い・興味がない」であると学生に説いています。つまり、無視であり、これは「いじめ」につながります。まずは、相手に好奇心・興味を持ち続けることがベースとして重要であると信じます。
 また、クランボルツ理論のポイントは、偶然をただ待つのではなくて、「計画された」という言葉の通り、自らの行動によって偶然が起こる確率を高められるという点です。偶然は神の手に委ねられているのではなく、自らの手で生み出すもの。他力本願ではなく、「幸運は偶然ではなく、必然である」という自力本願に私は強く惹かれます。「その幸運は偶然ではないんです!」 (「Luck Is No Account」John D. Krumboltz 2004)を読んで、とても前向きで楽観的な気持ちとなり、何かホッとしました。同時に「色々困難があっても何とかなる」と勇気づけられます。
 日中関係でも、意図的な「偶然の出会い」を仕掛け続けることが不可欠なのだと思います。それも、政府間の外交に依存するのではなく、ビジネス、文化、教育、芸術といったすそ野が広い民間交流で意図的な「偶然の出会い」を仕掛け続ける努力が必要です。かつての日中関係の歴史を振り返っても、今以上に困難な時代に新たな光明をもたらしたのは、文化人や経済人の冒険心を伴った草の根の対話ではなかったでしょうか。その一例がまさに、魯迅と藤野厳九郎の「藤野先生」のエピソードだと思います。
 キャリア教育のガイダンス授業では、「他人と過去は変えられない、変えられるのは自分と未来である」と説き、学生に自己分析を促します。国際関係の中でも、他国をコントロールすることはできません。しかし、自国が相手に対してどう振る舞うかをコントロールすることは可能です。だからこそ、我々は日々生ずるトラブルや摩擦をただ恐れるのではなく、次の関係性を形作るための素材として前向きに捉えることが、結果的には日中両国の互恵的な未来志向の関係を築く道ではないでしょうか。クランボルツ先生に言われるまでもなく、中国語にも「泰然自若」という言葉があります。私の場合、心がささくれだった時は、この境地を取り戻すために、5つの行動特性に沿って、自分を客観視する「メタ認知」するよう努力しています。
最近の日中関係の閉塞感を見ていると、1990年代から中国ビジネスに長く関わってきた人間としては、極めて残念で悲しい気持ちになってしまいます。「私が愛した中国は何処にいってしまったのか」。「こんなに好きなのになぜ“日本叩き”」。「日中友好に投じた30年余りの努力はいったい何を残したのか」と。一方で、中国ビジネス真っただ中の現役世代には、自分自身の将来へのキャリアデザインに対する危機感はないのでしょうか。
 そんな時に、心を楽にしてくれる本を最後に紹介します。クランボルツの研究者でもあるキャリア研究の大家、金井壽宏先生(神戸大学名誉教授)の「働くひとのためのキャリアデザイン」(PHP新書 2002)です。何が起こるかわからないこの世で、キャリアデザインばかりしようと思うと疲れてしまいます。就職や転職の節目はデザインすることは大事ですが、その節目と節目の間は「ドリフト=drift」(流される/漂う)すればいいと金井先生は書いています。人生いつも張りつめていたら持ちません。クランボルツ先生も「ドリフト」という言葉こそ使っていませんが、流されることもまた大事であると言っています。
 両大家のお墨付きもあり、定年退職後「風車風の吹くまで昼寝かな」(広田広毅)の境地の私の中では、ここは一旦中国という大河に身をまかせて、大の字になって川の流れに身をまかせて漂ってみるのもいいかもと思っています。流されてたどり着いた岸か中州が次の生きる場所。テレサテン「時の流れに身をまかせ」と美空ひばり「川の流れのように」の歌詞が、頭の中でリフレインしています。

(2026年5月 大橋祐之)