【多余的話】『年縞』

 朝から暑い、よく冷えた目薬を点じて、上手く着弾できると眼が冴える。6月から続く点眼も多い時には左眼右眼に合わせて8種類を日に何度も点してきたが、徐々に数と頻度が減って来た。最後に残ったのは、ヒアルロン酸Na0.1%(角膜の傷やドライアイ防止薬)とジクロード0.1%(炎症防止薬)の術後ケアの点眼薬。次回検診で視野検査と矯正処方を受けてほぼ完了になる見込み。  
 近距離焦点の人工水晶体を装着したので、生活範囲では矯正眼鏡なしでもほぼ不自由はない。何十年もの間、高速道路やゴルフ場は生活範囲ではないので遠くは見えなくても困らないと思うが。

 津市で長年にわたり、町医者を自称自任している友人から突然「提案です。三方五湖の年縞博物館へ行きましょう。休診日は〇日。」知り合って60年、話の進行は早く、いつものJR南草津駅前で車に拾ってもらった。ずいぶん前に福井市在住の先輩から年縞博物館へ行って感動した、という連絡を貰った。自分もいつか必ず行ってみたいと思いながら、敦賀経由で小浜線三方駅へ向かう腰が重かった。先輩からいただく鯖の缶詰や「へしこ」を噛みしめながら忸怩たる思いだった。そんな処へ突然の「提案」が届いたので即応した次第。
 若狭三方縄文遺跡に隣接する年縞博物館には立命館大学古気候学研究センター福井研究所が併設されている。おいそれと訪ねることが難しい場合、福井県大阪事務所(瓦町)でとても良くできた年縞博物館資料(Varve Museum:縦8㎝横12cm全14頁)を入手することをお勧めしたい。東京事務所(平河町)にも置いているかどうか不詳だが、年縞に御自身が感動していることが伝わる大阪事務所のスタッフほどの熱量が東都の政治の中心地にあるかどうかは不明。
  肝心の年縞については語る力や感動の熱量が未だ足りないので、http://varve-museum.pref.fukui.lg.jp をご覧頂きたい。
 湖底45mでの7万年の眠りを起こした「発見」は今世紀初め。短期間の内に福井県三方上中郡若狭町鳥浜の水月湖が世界の古気候年代の「ものさし」と「タイムマシン」として斯界研究の精度を飛躍的に向上させたという。「年縞とは、プランクトンや鉄分など、季節によって異なるものが湖の底に毎年積もることで、縞(シマ)模様になった泥の地層です。水月湖の年縞は世界一の長さ45m。7万年間、毎年途切れることなく積り続けています。年縞には湖の周辺の花粉や黄砂、洪水の土砂も含まれています」(上述資料より)
 適度な深さが嵐や強風による湖面の波動を湖底に伝えないこと、湖底には堆積物を掻き混ぜる水生動物がいないこと、地震や噴火などの天災が地層破壊をしなかったこと等の奇跡が重なり、毎年一枚ずつのごく薄い層が積み重なり縞を作った。この偶然の保存環境に感謝するとともに、実に静謐な世界の時間の長さにも感動した。
 たまたま、日経新聞8月2日26面『科学の扉』に「桜満開日、1200年分の気候示す。~古日記読み解き、データ紡ぐ~」と題する記事が有り参考になった。古気候を復元するには、「古日記などの記録」「木の年輪」「南極などの氷床」とともに「湖底堆積物」が挙げられ、それぞれの一長一短が書かれていた。https://cigs.canon/article/20260721_10124.html (ご参考)
 秀吉や家康の命運を左右した天正・慶長の大地震の痕跡も年縞に残るが、7万年の物差しで見ると、最近のことのように思えてくる。この一例に限らず時間や歴史を想う意識のスパンが、年縞博物館を見学して以降に変化してきたことに我ながら驚く。
 敦賀から小浜線を利用する場合、三方駅からレンタサイクルもありますよ、という大阪事務所の方の助言を次の機会には活用させてもらうつもりだ。

 7月の内に夏のイベントを達成できた。TAS(華人研)の例会も8月はお休み。図書館の返却日を気にしながら、セミナーの予習復習の資料を読むだけでなく、落ち着いた環境で静謐な読書を楽しもうと思っていた処、三冊の書物に巡りあえた。

『京都 祈りと差別の千二百年』 磯前順一・写真 吉田亮人
・・・阪急電車の多くの駅構内で、伊丹でも十三でも、祇園祭のコンチキチンの囃子が流れる頃。祇園祭のルーツや清水寺坂の住人、境界としての五条大橋など、1970~1980年代にデオドラントされる前の京都の奥深い世界に導かれて、かなり冷えた心持になる。

『アメリカ合衆国と中国人移民』~歴史のなかの「移民国家」アメリカ~ 貴堂嘉之
・・・豊田市美術館・アンドリューワイエス展での「トランプだけでないアメリカ」と題する記念講演で高橋秀治館長は著者の貴堂氏との対談体験を語った。啓示を受けミュージアムショップで著書を衝動買いした。アメリカを羨望するだけでなく、アメリカから東洋人がどう見られているかを知れば、かなり冷えた心境になりそうだ。

『台湾有事 ~歴史・軍事・安定のメカニズム~』 五十嵐隆幸
・・・7月TAS(華人研)セミナーには過去最多の方々に駆けつけて頂き、五十嵐隆幸講師には海峡に「有事」を発生させて来なかった両岸及び米国の政策やそのメカニズムの詳細を冷静に伝えて頂いた。
 セミナー直後、7月23日に発売された中公新書の評判も上々とのこと。セミナーでは多くの質問があり、対応時間が足りなかったが、その答えの多くはこの新書に簡潔に盛り込まれていると思う。

 そろそろ、9月12日の例会に備えて「日本書紀の述作者は誰か」についての予習をしなければと思いつつ、上海帰りの日本酒好きの方と大阪農人橋の「末廣家」での盃が進み、話が弾んだ。
 隣の席の見知らぬご婦人から「盗み聴きしていました、ご意見に共感します。ただ一点、述作者は中国人だけでなく、朝鮮人もいたのではないかと思っています」と正鵠を射るコメントをされたので驚いた。国史の始まりとされる書の述作者に外国人(渡来人・移民)が含まれていたとすれば、昨今の色々な議論のクールダウンが必要になりそうだ。 
www.kajinken.jp

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井上 邦久(2026年8月)