【北京の二十四節気】夏至-老北京炸醤麺大王-

夏至-老北京炸醤麺大王(ジャージャン麺)

                   (2017621日 曇り一時雷雨 最高気温 32、最低気温 22℃)

夏至(げし)になりました。このコラムは、昨年の夏至(2016621日)から始めましたので、ちょうど丸1年になりました。これまで続けることが出来ましたのも、読者の皆様のご協力の賜物です。心から御礼申し上げます。引き続き、北京の庶民の暮らしを中心に紹介していきたいと思いますので、ご支援のほどお願いいたします。

さて、今回はジャージャン麺(中国語=炸醤面 zha jiang mian)の有名店“老北京炸醤麺大王”を紹介します。ジャージャン麺は日本でも知られるようになってきましたが、北京の人々にとっては小さいころから四季を通じて最もよく食べる、まさにソウルフード(魂の料理)と言ってよいものです。

 

 この店に入りますと、油とみそを煮詰めた甘い香りとともに、「1名様いらっしゃいました!」と透き通った声が迎えてくれます。声の主は、写真を見ていただくと分かるとおり、小さい身体ではありますが、1本筋が通った良い顔をしているおじさんです。彼は、さしずめ“フロアマネージャー”といったところでしょうか、店の入り口に陣取り、来客があると「何名様ご来店!」と、まるで唄を歌うように店中に告げるのです。

 

【フロアマネージャーのおじさん】

 有名店ですので、客はひっきりなしに来ます。そのため、彼の中国語特有の鼻に抜ける高音も止むことがありません。この声に応じて、若い店員たちも彼の高音に負けじと、これも中国語の特長である語尾を長々と引っ張りながら「中にどうぞ~」と言いつつ、席へと誘(いざな)ってくれるのです。

 

【麺が運ばれてきました】

 注文をしますと、23分を待たずに麺が運ばれてきます。麺を出すときも、この店にはこだわりがあります。ジャージャン麺を食べるとき、五感のうち、見て(視覚)、触って(触覚)、嗅いで(嗅覚)、食べて(味覚)と四感を満たすことができ、聴覚だけが足りない。ということで、客に聴覚も楽しんでもらうために、店員は具の入った小皿を麺の入った大きなどんぶりにわざとぶつけてガチャガチャ音を立て、具がすこし外にもれてもお構いなしで、素早く放り込んで、「ハイ、どうぞ」と出してくれるのです。

 

【音を立てながら具を放り込んで「ハイ、どうぞ」】

 聴覚が足りないどころではありません。この店でどんぶりを抱えていますと“喧噪(けんそう)”という言葉が浮かんできます。騒々しい喧騒ではなく、元気がつく喧噪です。“フロアマネージャー”の来客を告げる威勢の良い声、若い店員たちの注文を伝える大きな声、小皿とどんぶりのぶつかる音、客達の話し声や笑い声、これらがまるで一つの音楽を奏でるように響いてくるのです。

 

【なにを食べようかな】

 店内を紹介しましょう。テーブルは、昔の北京スタイルで、“八(人)仙人テーブル”と言います。中国では仙人は八人ですが、船で日本に渡るとき、一人落ちて、七福神になったと聞きますが、本当かどうか分かりません。

上に乗せる具は、この店では八品。今回は、もやし、きゅうり、セロリ、白菜、大根、大豆、青豆、青ねぎでした。基本的にはこれらなのでしょうが、季節によって若干変えているようです。北京の一般家庭では、財布の中が乏しければ具無し麺(いわゆる“かけうどん”)、残り野菜があるなら12品の具が出て、子供が喜ぶといったことになります。

【ジャンを作る話し好きの職人。後ろに見えるのが麺打ち職人】

 ジャン(醤)は、この眼鏡をかけた専門の職人が作ります。彼は話し好きで、ここでは豚肉入りと回教徒用の肉無しの二種類のジャンを作っているとか、40分間も油で炒めるとか、いろいろと教えてくれました。ちなみに、ジャージャン炸醤)のジャー炸)は中国語で「油で炒める」ことですが、油の量がはんぱではなく、日本人的には「炒める」というより「煮る」というほうがピンときます。ジャン醤)は簡単に言えば合わせ味噌のことです。このジャンですが、北京のスーパーでは売っていません。それは、ジャージャン麺は北京独特のものであるため、市場が北京に限られ、なお且つ、北京の人たちはこのジャンにこだわりが強く、各自の家庭でそれぞれ作るので、大量生産で同一の味のものは誰も買わないからだそうです。

麺も専門の職人が、午前50kgの小麦粉、午後も同じ50kgの小麦粉を打ちます。小麦粉を練って、麺棒で打って、伸ばして、切りますので、日本のうどんと同じです。麺はどんぶりのなかでまぜることを前提としているため、切れないように、太く、こしが強いです。冬は熱々の麺、夏を冷水でしめた麺が提供されます。

 

【これぞ老舗のジャージャン麺】

 よく煮詰められたジャンは、トゲがなく、まろやかです。こしの強い麺にまろやかな中にも油の力強さがあるジャンをまぜます。お好みで酢を少したらすと一層香りたちます。後は思い切り食らいつきます。アクセントと箸休めは、豆類と野菜です。まぜうどんですので、水分が欲しくなれば、茹で湯を頼めば無料で出してくれます。

 

1階の様子】

 この店のジャージャン麺は一杯18元(約300円)ととても格安です。麺以外にも、北京の伝統的な料理を品数多く、また安く提供しています。北京にお越しの際は、美味しい料理と“喧噪という中国式おもてなし”を試しにお立ち寄りください。必ずや元気になることうけあいです!

 

老北京炸醤麺大王:北京市東城区東興隆街56

 文・写真=北京事務所 谷崎 秀樹

★本コラムについてはこちらから→【新コラム・北京の二十四節気】-空竹-

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2016年掲載分