皆様、こんにちは。
リポートの前に「令和8年熊本地震」でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに被災された皆様へお見舞いと、一刻も早い復旧を願います。まさか10年後の今年、再び震度7の地震が起きようとは夢にも思っておりませんでした。私の住む熊本市でもかなりの揺れで10年前の悪夢を思い出させるものでした。
熊本県内各地では今年は震災から10年の節目と位置付けた催しが数多く行われており、下半期も予定されていたところでした。
この真夏の被災生活は大変厳しいものになると思いますが、力を合わせて乗り越えていければと思います。皆様のご支援ご協力の程、よろしくお願いいたします。
さて、第2回目の今回は、熊本から中国に進出を果たしている企業にスポットを当てます。
1.はじめに
九州の豊かな自然と食文化を誇る熊本県は、食を通じて中国をはじめとするアジア諸国や世界と深くつながっています。その象徴的な架け橋となっているのが、熊本発祥の豚骨ラーメンチェーン「味千ラーメン(重光産業株式会社)」です。
中国に駐在された方はほとんどの方が食べられたことがあるのではないでしょうか。私も上海駐在中はずいぶんお世話になったものです。
1968年に熊本市のわずか7坪8席という小さなお店からスタートした味千ラーメンは、現在では世界15カ国に700店舗を超えるネットワークを構築しています。中でも中国大陸における展開は目覚ましく、食文化を通じて「熊本」の知名度を現地で最も高めた立役者として高く評価されています。本レポートでは、熊本ラーメンのルーツから味千ラーメンの中国進出における軌跡、成功の秘訣、そして熊本と中国をつなぐ民間外交の役割についてまとめます。
2.熊本ラーメンの歴史と味千ラーメンの誕生
熊本ラーメンのルーツは、昭和12年(1937年)に福岡県久留米市で誕生した豚骨ラーメンに遡ります。その後、白濁スープが生み出され、玉名を経由して熊本市へと伝わりました。
熊本ラーメンの最大の特徴は、久留米や博多とは異なり、スープに鶏ガラを合わせたり、継ぎ足しをせずその日のうちに使い切ることで「トンコツ臭」を抑えている点です。さらに、中太ストレート麺を合わせ、仕上げに揚げニンニクや黒い調味油である「マー油」を加えることで、マイルドでありながら香ばしくインパクトのある独自の味わいを作り出しています。
昭和28年(1953年)、久留米の有名店「三九」の味に感銘を受けた3人の青年(木村一氏、山中安敏氏、劉坛祥氏〈のちの重光孝治氏〉)が熊本でラーメン店を開業しました。このうち、香ばしいマー油を開発した重光孝治氏が、昭和43年(1968年)に熊本県庁正門横に創業したのが「味千ラーメン」です。創業者・重光氏の故郷である台湾の麺料理の調味油をヒントに試行錯誤を重ねて作られたマー油は、どこか懐かしく素朴な味わいとして熊本県民に深く愛され、国内で200店舗以上を展開する一大チェーンへと成長しました。
3.海外進出の苦難と中国での大躍進
国内での成功を収めた重光孝治社長は、次なる展開として海外市場を見据えていました。
1994年、先代の故郷である台湾へ現地企業との合弁で初進出を果たし、2年間で12店舗まで拡大しました。しかし、現地パートナーとの食文化の違いや、本場の味を追求する上での麺やスープの妥協により本来の味が失われ、撤退という苦い経験を味わいました。
この挫折を経て1996年、香港で貿易会社を経営するデイシー・プーン氏や日本留学経験のあるリッキー・チェン氏という強力な現地パートナーとの出会いが訪れました。
デイシー氏は、日本からの輸入コストの課題を解決するため「現地で麺を製造する」アイデアを提示し、所有する倉庫を製麺工場へ改装しました。また、日本の食文化を深く理解するリッキー氏らの尽力により、1996年に香港の繁華街・銅鑼湾へ1号店をオープンしました。本格的な日本式ラーメンの味はすぐに行列ができる人気となり、1997年の深圳進出を皮切りに上海や北京など中国本土全域へと急拡大していきました。
2007年3月、現地法人である「味千(中国)ホールディングス」は、中国の外食チェーン企業として初めて香港証券取引所への新規上場(IPO)を果たしました。これにより巨大な資金調達力と社会的信用を獲得し、中国全土での自社工場・物流網の整備と劇的な多店舗展開に弾みがつきました。
4.中国市場における成功要因
味千ラーメンが広大な中国市場で成功を収めた背景には、緻密な戦略と柔軟なアプローチが存在します。
熊本の本社は、味の核であるスープ原液やタレ、マー油(千味油)のノウハウ提供と品質管理に専念しました。一方、店舗経営やマーケティング、メニュー開発は現地のトレンドや習慣を熟知した中国側の経営陣に一任しました。
中国において単なる庶民的な麺料理店として展開するのではなく、清潔でモダンなインテリアを備えた「上質なファストカジュアルレストラン」としてブランディングを行いました。また、現地消費者の好みに合わせて多様なサイドメニューやドリンク、豪華なセットメニューを拡充し、「少し贅沢でおしゃれな日本食」という独自の立ち位置を確立しました。
現地のニーズやデリバリー市場の拡大などの変化に対し、素早く柔軟に対応できるよう「完全な現地主導型マネジメント」を徹底した点も大きな強みとなっています。
5.熊本と中国をつなぐ「文化・観光大使」としての役割と今後の展望
味千ラーメンの中国展開は、一企業のビジネス成功にとどまらず、熊本と中国の地域間交流において極めて重要な役割を果たしてきました。
店の看板やメニューに掲げられた「熊本」の文字や、熊本風の香ばしい豚骨ラーメンの味覚は、中国の食卓において日常的なものとなりました。食を通じて数億人もの中国の消費者に「熊本」という地名とその魅力を認知させ、民間における最大の「観光・文化大使」として地域ブランド価値の向上に大きく貢献しています。
近年では、中国ローカルチェーンの台頭や競争激化、健康的指向への高まりなど市場環境は変化しています。これに対し、味千ラーメンはテイクアウト・デリバリー特化型店舗の開発やサブブランドの育成、デジタル化といった新たな改革を進めています。さらに、中華圏で培った強いブランド力とネットワークを足がかりに、東南アジアや欧米、南米に至るまで世界各地へその輪を広げ続けています。


6.おわりに
熊本の7坪のラーメン店から始まった挑戦は、「日本の味の核心を守るこだわり」と「現地パートナーへの信頼に基づく柔軟な現地化」が見事に融合した国際ビジネスの不朽の成功モデルです。
一杯のラーメンから始まった熊本と中国の深いつながりは、信頼に基づくパートナーシップがいかに国境を越えた経済・文化交流を生み出せるかを示しています。味千ラーメンがつないだこの架け橋は、これからも熊本の魅力を世界へ発信し続ける重要な道しるべとなっていくことでしょう。
読者の皆様も熊本にお越しの際には県庁横の味千ラーメン本店にお立ち寄りください。


取材協力:重光産業株式会社
杉本 幸生(2026年7月)
