北陸のインバウンド市場は、2025年11月以降の日中関係悪化を受け、中国本土からの旅行者動向で大きく変化した。ただし、これを単純な「中国市場の消失」と捉えるのは正確ではない。団体旅行は激減した一方、富裕層・個人旅行者の動きは残り、台湾・香港・韓国・欧米など他市場の存在感も高まっている。三県の対応も異なり、石川は小松-上海便の復便状況を踏まえ当面は様子見、富山は状況を注視、福井はもともと中国本土に依存しない市場構成をとり、影響は限定的。
三県のインバウンド規模には大きな差がある。外国人延べ宿泊者数は石川が約214万人泊(全国13位)、富山が約39万人泊(31位)福井が約11万人泊(47位)で、「北陸」と一括りにするだけでは、中国市場への向き合い方の違いは見えてこない。
石川――中国本土は縮小、他市場へ分散
中国本土客は前年から大きく減少し、県への聞き取りでは6割程度の落ち込みという(同時期、関西空港の中国便も全国的に約6割減少しており、同規模の落ち込みは各地で報告されている)。小松―上海便は2026年1月に運休し、中国本土客は関西・中部・東京経由で北陸新幹線を使うケースが中心になったと考えられる。団体旅行はほぼ消えたが、富裕層を含む個人旅行者は残っており、買い物より街並み・食・伝統工芸などの体験型を好む傾向が強い。県は大規模な誘客は控えつつ、現地動向に関する情報収集や現地旅行会社等への情報発信は継続しており、撤退ではなく回復に備える「様子見」の段階といえる。一方、台湾や韓国からのインバウンドは堅調で、台湾便は台北(桃園)に加え2026年9月に高雄へも就航、ソウル線は2026年3月より週3便から毎日運航化となり、搭乗率も順調に推移している。また、欧米豪の来県者数も増加傾向にあり、他市場が縮小分を補う構図が鮮明になっている。
富山――結び付きは強かったが、現在は状況を注視
三県のなかで、富山県は中国本土との結び付きがもともと最も深い。1984年に遼寧省と友好県省提携を結んで以来交流を重ね、2004年には大連市に県の出先事務所を開設した。県資料によれば遼寧省には富山県企業38社・46事業所が進出しており、富山空港は上海便に加え大連便も運航。北陸で唯一中国本土に2路線を持つ空港である。(この2路線は2026年9月時点でいずれも運休中である)。伏木富山港も大連港と友好港提携を結び、定期コンテナ船が行き来する。
こうした厚みのある関係を背景に2025年は多くの中国人が訪れたが、11月以降の環境変化を受け、2026年は前年より大幅に減っているという。
県による中国向け誘致事業は、HPやSNSでの情報発信を行いつつ、中国情勢を踏まえ状況を注視している。2025年の外国人延べ宿泊者数は約38万7千人泊で前年比54.5%増となったが、観光全体でも入込客数・延べ宿泊者数は前年を上回っており、インバウンドそのものが縮小しているわけではない。中国への誘客を抑えつつ、台湾・香港・東南アジア・欧米へ分散することが今後の課題になる。
福井――インバウンドの規模が小さく、影響も限定的
福井県はインバウンド規模自体が三県で最も小さいという事情があり(2025年約11万人泊、全国47位)、影響は限定的で実際に中国からの宿泊者数も大きくは減少していない。最大の市場である台湾をはじめ香港・中国・タイ・米国など複数市場への営業に加え、交通事業者と連携した台湾での誘客プロモーション、欧米富裕層の誘致に向けたコンテンツの造成、ガイド人材の育成も進めている。知事も2026年6月の会見で、海外での認知度向上をインバウンドだけでなく、農産物・工業製品・伝統工芸品の輸出や企業の海外展開につなげるため、部局横断で戦略を検討していく考えを示した。
経済面では、上海の「ふくい上海ビジネスサポートセンター」で県内企業の販路開拓を支援している。進出済み企業からは事業の縮小や整理にかかわる相談が多いというが、県内の眼鏡企業や福井県発祥のアパレル小売業では、中国での直営店の拡大や現地販売法人の設立、コロナ禍で閉じた店舗の再開といった動きもみられ、中国の消費者に直接売り込む小売分野では、市場としての中国の重みはむしろ増しているというのが同センターの見方だ。福井県と中国との経済関係は縮小一色ではなく、事業の整理と新たな市場開拓が同時に進んでいるとみるべきだろう。
中国人富裕層は消えたのか
自治体の誘客縮小と、中国人旅行者の需要消滅はイコールではない。中国人富裕層向け事業を手がけるmingle株式会社(富山市)によれば、団体旅行はほぼ停止した一方、富裕層の個人旅行や、経営者による日本企業・工場訪問には一定の需要が残るという。同社は日本国内の長寿企業や工場を訪ね経営を学ぶ「遊学」型の旅行を手がけ、2026年9月にも40人を超える規模で実施したという。ただし、北陸だけで日程を組むより京都・大阪・名古屋・高山などとの広域周遊が現実的で、貸切りや優先入場など「わざわざ来る理由」の商品化が課題となる。
中国依存でも、中国離れでもない
石川は関係を維持しつつ様子見、富山は状況を注視、福井は影響が限定的、と三県の温度差は明確だ。日本全体では中国は依然として最大級の消費市場であり、無視できる存在ではない。一方、北陸では規模・航空路線・受け入れ環境が県ごとに異なり、中国本土を一律に「重点市場」として扱うことには限界がある。今後は「何人呼ぶか」より、団体旅行の減少後も残る富裕層・個人旅行者をどう地域消費につなげるか、食・伝統工芸・自然・温泉といった北陸の資源を「ここでしか体験できない」商品に転換できるかが問われる。中国・香港・台湾・韓国・東南アジア・欧米を別市場として捉えリスクを分散しつつ、観光を輸出や企業交流・人材交流と結び付ける視点が、北陸のインバウンド政策の見直しに求められている。
春日野道治(2026年9月)
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(暦年・確報値)/日本銀行金沢支店「北陸地域のインバウンドを巡る現状整理と若干の視座」(2026年4月17日)/小松空港公式サイト(フライト情報・新着情報)/富山空港公式サイト(上海便・大連便のフライト情報)/北國新聞「上海―小松便、来年1月全て運休 訪日自粛影響」ほか関連報道/日本経済新聞「関空の中国便6割減 訪日自粛の春節が問う『次のニッポン観光』」「中小で相次ぐ中国撤退、反スパイ法など懸念」「日本企業悩む中国撤退」ほか/県内企業の公表資料/福井県上海事務所への聞き取り/福井県公式サイト「知事記者会見の概要(令和8年6月19日)」「ふくい上海ビジネスサポートセンターについて」/高市首相の台湾有事答弁をめぐる報道(2025年11月)/富山県公式サイト(遼寧省・大連との友好交流経緯)/CLAIR「姉妹提携データ」/石川県公式サイト(江蘇省との交流年譜)/mingle株式会社への取材および同社公表資料/石川県・富山県・福井県への聞き取り
