【多余的話】『早慶戦』

 東京六大学野球の春季リーグ戦は、早慶第3戦までもつれたが、3-0で慶応が勝ち、リーグ優勝を果たした。この試合でしぶとく2打点をあげた外野手が元同僚の子息、ベストナインに選ばれた遊撃手は化学品担当の頃に世話になった顧客の親族という縁もあって今回は慶応を応援した。
 早稲田出身者にも縁のある人、お世話になった人がいるが、なかでも文学部出身の吉永小百合は「キューポラのある街」(1962年・浦山桐郎第1回監督)以来、長くその足跡を勝手に追いかけている。
 130本を超える映画に出演している。初期には「純潔教育と純愛ブーム」(大島三緒『昭和スケッチブック』)の中心にされた。佳作、「赤い蕾と白い花」(1962年)は主題歌「寒い朝」も大ヒットした。「寒い朝」は長年の自転車通学・通勤の愛唱歌であり続けていた。
 個人的な見方であると断った上で、吉永小百合の代表作はやはり「キューポラのある街」の主人公ジュン役だと思い続けている。
 鋳物の街で公立高校への進学の夢が叶わずしょげていたジュンが、見学に訪れた電機メーカーの先輩に勧められて働きながら夜間高校で学ぶことを選ぶまでの葛藤が描かれる。女子工員(吉行和子)の溌剌さと前向き思考が背中を押した。「純潔」「純愛」ブームの前の無垢の魅力を浦山桐郎監督が引き出した傑作だと思う。ブームが終わったあと何とか「純・ジュン」のイメージを払拭しようと体当たりの演技も試みたが不自然な空気が拭えないままになった。
 「キューポラのある街」には、埼玉県川口市から祖国へ帰国する一家を子どもの視線で描かれていた。5月に集英社新書として出版された『証言・北朝鮮帰国者』刊行報告会で、調査員・編集者・帰国体験者の肉声を聞きながら、新潟港から帰国したサンキチ一家を連想した。新潟へ向かう列車を川口駅近くの陸橋から見送り、その足でジュンは大手電機会社の中卒者採用試験に向かう。


 慶応の福沢諭吉、早稲田の大隈重信も含めて、維新から明治20年頃までの政論の流れを、陸羯南は日刊「東京電報」「日本」の社説に連載し、明治24年に『近時政論考』として纏めている。岩波文庫版に添えられた「史論としての『近時政論考』」(植手通有)の扶けを借りて少しずつ読んでいくなかに、・・・明治六年九月に至りて岩倉大使の一行は欧米より帰り、みなこの議(征韓論)を聞きて固くその不可を論じ、ついにいわゆる内閣分離を見るに至る。この分離は翌年に及んでかの有名なる民撰議院論に変じ、立憲政体催促の嚆矢となれり・・・(25頁)の一節に眼を留めた。
 閣外へ離れたのは、西郷・江藤・板垣・副島そして木戸であり、その木戸と大久保の関係修復、板垣の参議復帰を図る伊藤や五代の働きが明治八年二月の大阪会議に繋がったとされる。
 会議の場所として、幕末に木戸らの志士たちの集いの場であった大阪北浜の料亭「加賀伊」が選ばれ、会議の成功を祝して木戸が「花外楼」と命名、揮毫した扁額が今も玄関に残る。以前、五代の事跡を調べた時に、大久保や木戸は会議が終わると五代宅へ急ぎ、連日囲碁を打ち続けていたことを知り、板垣との微妙な距離感を感じた記憶がある。大阪会議での決め事は短期間で破綻するも大久保の主導権は強化され、板垣の民撰議院論は次の時代に続く。
 M名誉教授による「自由学問都市大坂~学びの場としての懐徳堂」と題する講演会が、北浜の「花外楼」で開かれたので、ありがたいことに初めて高い敷居を跨ぐことができた。中之島公園を臨む大広間で講演を聴き、五代友厚を偲びつつ老舗の味を賞味した。糖尿病で命を縮めた五代さんより自制・自省して昼酒は一杯に止めた。
大阪会議はなぜ大阪で開催されたのか?素朴な疑問が生まれた。
「訳者序」・・・プラトーンは哲学者の手に政治をゆだねることをもって理想としたが、この理想が歴史上ただ一回実現した例がある。
それがマルクス・アウレーリウスの場合であった。・・・
 5月の読書会の課題図書のマルクス・アウレーリウス『自省録』神谷美恵子訳(岩波文庫)を開いて、冒頭「訳者序」の一行目から強いインパクトを改めて感じた。
 「人生下り坂、最高!」という火野正平流のギアチェンジが出来ず滞っていた50歳の頃、ローマ帝国皇帝が感慨や思想、自省自戒の断片的な呟きをギリシャ語で書き留めた手記に励まされた。加えて古代ギリシャ語から翻訳出版してくれた訳者の神谷美恵子の生き方にも大きな啓発をもらった記憶がある。
 その後、諦念と達観が増すばかりの日々にあって、『自省録』に刻まれた営為と研鑽を再認識することはとても心地よかった。
 明治維新から今まで「哲学的思考をする」政治家は居ただろうが、「生き方が哲学」であった政治家は思い浮かばない。まして当今の国際メディアに登場する政治家や政治屋たちは忙しすぎて、彼らに自省を期待することは難しいだろう。(紙幣に使われた政治家は、板垣退助、岩倉具視、伊藤博文。福沢諭吉は教育者、啓蒙思想家)

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