『第2回:中国企業の対米直接投資動向』

前回は米国企業の対中直接投資動向について報告したが、今回は逆方向の投資、すなわち中国企業の対米直接投資の状況を見てみよう。

中国の対米投資についても、前回報告した米国の対中投資同様、政府統計のみによる投資動向の把握には限界がある。まず中国側の政府統計では、海外からの資金調達拠点である香港や租税回避地に設立された子会社経由の投資について、最終投資先の米国ではなく経由地を投資先としてカウントしている。実際、中国の対外直接投資残高の約6割(2020年時点)が香港向けとなっており、実態が掴みにくい。他方、米国側は、経由地の問題を考慮し、実際の投資元の国・地域を反映した統計を作成しているが、フローのデータについては2014年~のみと取得できる期間が短い。

そこで、米国の民間調査会社Rhodium Group100万米ドル以上の米中間の直接投資について企業レベルのデータを積み上げたデータベース「The US-China Investment Hub」を前回同様に活用すると、中国の対米投資は2010年から拡大を続けた後、2016年をピークに急減、低調な推移が続いている(図表1)。

対米投資急減の背景には、①中国政府による対外投資規制強化、②米国政府による対内投資規制強化、という2つの要因がある。まず①について、中国政府は2000年頃から「走出去」とよばれる対外投資振興策を実施してきたが、2016年頃から過度な投資による資本流出や企業の経営難が問題となった。そこで、2016年末以降、こうした投資が集中していた不動産や娯楽・観光などの分野での対外投資が制限されるようになった。②に関しては、米国政府が20188月、安全保障の観点から外国企業の対米投資に対する審査を強化する「外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act, 通称FIRRMA)」を成立させた。FIRRMAは特定の外国を対象として制定されたものではないが、当時の米トランプ政権が中国による半導体などの先端技術の獲得を問題視していたことからも、中国企業の対米投資の審査強化を念頭においたものと広く認識されている。この2つの要因を背景に、主に不動産、情報通信、娯楽といった業種を中心に対米投資が急減した。

さて、先述のデータで確認できるのは2020年までの動向に限られるため、2021年の状況について、在米中国商工会議所によるアンケート調査をもとに確認しよう。

まず、在米中国企業の収益は、新型コロナウイルス感染拡大による悪影響から回復しつつある。過半(54%)の企業が、2021年の企業収益が2020年対比で増加したと回答した。背景には、コロナ・ショックからの米国経済の回復があるとみられる。新規対米投資を増加させた企業の割合も24%と2020年(12%)から2倍となった。特に、エネルギー、素材産業、金融などで投資が拡大した。

ただし、規制の影響を大きく受けている業種の投資は低調だ。先述のFIRRMAによる先端技術を扱う投資の審査強化を受け、ヘルスケアや通信、ITでは、約7割以上の企業の投資が2020年から減少した。また、中国側の規制が存在する不動産分野でも、5割の企業が投資を減らしている。

先行きについては、約半数(49%)の企業が今後2年の収益増を見込み、対米投資拡大を計画している企業の割合も27%と、コロナ前の水準(2019年:25%)を回復した。

その一方、米中対立長期化が投資にもたらす悪影響に対し、懸念が高まっていることには注視が必要だ。米国でのビジネスにおける問題として、「膠着状態にある米中二国間関係(75%)」「米中経済・貿易関係の摩擦(74%)」との回答が、「コロナの影響(51%)」や「インフレ・不安定な米国経済(61%)」より多かった。また、今後の米中関係の悪化を見込むと回答した企業は約半数(49%)にのぼり、改善を見込む企業は10%と2018年以来最低の割合となった(図表2)。本調査は、米中対立により、先端分野への投資抑制のほか、中国ブランドへの信用力低下や、米国側の複雑な規制に対応するためのコンプライアンス業務増加などが在米中国企業のビジネスの障害となっていることも示した。こうした問題の長期化による、中国企業の投資停滞が懸念される。

中国企業の対米投資が停滞することにより、米国はどのような影響をうけるだろうか。中国の対米直接投資残高(ストック)が米国の対内直接投資残高に占める割合は、2021年時点で1%と極めて小さい。しかし、全米商工会議所によると、中国企業は他国・地域が投資しないような地域(例えばラストベルトなど)にも積極的に投資してきたため、中国企業の投資減少を他の投資家が埋め合わせることは難しいと考えられている3。また、中国企業の対米投資減少を受け、第三国が米国への投資計画を見直すという波及効果も懸念されているようだ。 

 

(図表1)中国の対米直接投資額の推移

(出所)Rhodium Group “The US-China Investment Hub”

 

(図表2)在米中国企業の米中関係に対する見通し(アンケート調査)

(出所)China General Chamber of Commerce -USA, “Annual Business Survey Report on Chinese Enterprises in the United States,” June 2022.



1規制の詳細については、玉井芳野「変容する中国の対外直接投資」『みずほインサイト』(2020年3月4日)を参照。

2China General Chamber of Commerce -USA, “Annual Business Survey Report on Chinese Enterprises in the United States,” June 2022. 調査期間は2022年3~4月、回答企業数は111社。

3U.S. Chamber of Commerce, “Understanding U.S.-China Decoupling: Macro Trends and Industry Impacts,” February 17, 2021.

玉井芳野(2022年7月)