【天南海北】『1986年はどんな年だったか…』
また、1年ぶりの再開となり、長くサボったことを深くお詫びします。 さて、2026年が幕開けとなりました。自分としては、来日して丸40年が経ちました。1986年の1月、当時24歳の私ですが、人生初の海外渡航(飛行機も初)…
また、1年ぶりの再開となり、長くサボったことを深くお詫びします。 さて、2026年が幕開けとなりました。自分としては、来日して丸40年が経ちました。1986年の1月、当時24歳の私ですが、人生初の海外渡航(飛行機も初)…
◆一般社団法人日中投資促進機構の海外アドバイザー 郭 文軍様より寄稿14◆ 2025年12月18日、海南島封関運営の正式始動に伴い、海南島は地理において依然として中国南海に浮かぶ真珠という存在であるが、世界の経済・貿易…
昨年末、仕事納めの午後に日中投資促進機構事務局から拙稿へのフィードバックを届けて貰いました。ご多用の中にも拘わらず丁寧な取りまとめをして頂いた担当の皆様と読者各位に感謝します。 2009年10月、上海から個人的な駐在レ…
1970年代からしばらく、日本でも中国でも好まれた言葉の一つに「井戸を掘った人を忘れない:喝水不忘掘井人」があり、この言葉の魔力のお陰で大きな商談や小さな交渉が円滑に進んだ経験がある。 この言葉は、元々「飲水思源」とい…
長年、中国に携わっていると日本では考えられない「おかしな経験」をすることがあります。中国事業を担当された方は恐らく、一つや二つそんな経験があるのではないでしょうか。当時の中国は尚更のことで、私もあり得ない経験をいくつもし…
上海からの友人の土産として「雲南・古村紅茶」とともに11月1日付けの「環球時報」を貰った。タブロイド判の同紙は日本のメディアが時々センセーショナルな記事を選んで報道することで知られている。 「環球時報」GLOBAL T…
10月となり、ようやく風を爽やかに感じ始めた。 10月は誕生月であり、幼年期の誕生日に食べた赤飯と栗の入った茶碗蒸しを思い出す。今でもコンビニで赤飯おにぎりを選ぶとき、幼年期まで僅かに射していた生家での余光を偲ぶことが…
1999年10月1日、中華人民共和国は建国50周年を迎えた。久しぶりの軍事パレードが行われ、北京の長安街は厳戒態勢が敷かれた。北京天安門前の観閲席は国内外から招待された来賓で埋めつくされ、大規模なパレードに圧倒された。そ…
先月の拙文で触れた黄土高原への「スタディ・ツアー」は、予定通り、8月22日早朝のフライトで北京入りした。今回のために新規作成したパスポートの一頁目に入境スタンプが事務的に押された。かれこれ10年ぶりの旅の目的の一つがあ…
季節の変化を感じる写真と短いメッセージをほぼ毎日のように送ってくれる友人がいる。自宅前に広がる明石海峡や散歩道の草花の画像から友人の平穏な様子が伝わり、穏やかな心持にしてもらっている。8月7日、メッセージを開くと「和平…