【多余的話】『千穐楽』

 新大関安青錦の安定した取り口が光った大相撲初場所の千穐楽。その二日後、1月27日が人形浄瑠璃初春公演の千穐楽だった。通常は「千秋楽」と「秋」の字を使うが大相撲や文楽の番付には「穐」を使い、もっと古くは「龝」などの古字もあると角川『新字源』からの受け売り。「秋」は「としつき」を表し「千秋萬古」「千秋萬歳」と長命を寿ぐ言葉が常用される。「千秋楽」は玄宗皇帝の誕生日千秋節に奏した曲名から伝わり、現在でも演劇や相撲など興行系の最終日を表す言葉として使われている。大相撲の15日目の結びの一番(初場所では、横綱同士の一番)で立行司が「この相撲一番にて、千穐楽~」と、前日までの「本日の打ち止め~」に代わって特別の口上をする。 
 「千秋楽」が「秋」ではなく「穐」に置き換えられる理由には諸説あるが、興行に火事は禁物なので「火」の字を忌むからだ、という説が有力のようだ。
 まさにタイトル通り「多余的話(言わずもがな)」の千穐楽について綴った、若ぶっているわけではないけど、今頃になって「五十肩」の痛みが走ってからは、諸橋大漢和辞典を引っ張り出すのが億劫になって、専らハンディな新字源のお世話になっている。調査不足の点はご容赦願って本件は打ち止めにしたい。
 その大相撲と文楽の千穐楽の狭間の日(「前楽」と呼ぶらしい)、1月27日に大阪日本橋の国立文楽劇場へ行った。正月らしく第1部は「寿式三番叟」から始まるが、大方のお目当ては第2部の「新薄雪物語」28年ぶりの上演、しかも桐竹勘十郎・吉田玉男・吉田和生の三人の人間国宝が揃い踏みをする前評判が高く、初日早々に駆けつけた日は中央の席は満席だったので太夫・三味線近くの席を選んだ。竹本千歳太夫の熱演と豊澤富助の冴えた太棹のキレをしっかり堪能できた。ただ、国宝三人の人形役割の妙技を遠くからしか見られず残念。千穐楽前に再び訪れ、前から4列左正面の席から聴くより観ることに注力した。 
 個別体験であるが、評判の正月興行であっても、大阪の国立文楽劇場では席の確保に汲々としなくて済むのが実情だ。「摂州合邦辻」や「壺坂観音霊験記」という正月の演目からも分るように舞台は関西圏であり、使われる言葉も上方のものだ。その地元大阪の拠点でも満員御礼とならない状態が続いている。
 淡路・大坂で生まれ発達した人形浄瑠璃が2009年にユネスコ世界無形文化遺産に登録されてからも大阪での観客の伸びは期待したほどではなさそうだ。一方の東京では国立劇場小ホールでの盛況が続いていたようである。
 年末28日朝刊に大石静さんの『伝統芸能の力』と題した文章が掲載された。
 「2023年10月に閉場したまま放置している国立劇場について、日本芸術文化振興会は、33年度としていた建て替え工事終了を36年まで延ばすと発表した」と国立劇場の閉場が最短でも13年続く状況説明から説き起こし、「PFI方式による稼ぐ文化を目指した」ため、リスクを背負う民間業者はいないだろうと、先行きの入札見通しの暗さを示唆している。東京三宅坂の国立劇場は文楽、歌舞伎、琉球舞踊、邦楽、声明などの伝統芸能の拠点として、上演だけでなく後継者研修や伝統技能継承を行っていたが、現在は一部の研修施設を除いて閉鎖され、興行場所は東京圏のホールや劇場施設を探して転々としている(例えば文楽2月公演は横浜のKAAT神奈川芸術劇場で「絵本太閤記」)。 
 大石静さんの文章によれば、文楽の人たちは、家をなくし、外で用を足して来いと言われるような尊厳を奪われた心境、と書いている。
 大学を卒業してから文楽の技芸員に進んだ吉田和生さんが古い学友たちには「劇場に三回来て欲しい、それで少し味が分ってもらえるから」と頼んでいると随筆に書いていた。東京に来る海外の人にとって、毎回会場が移動するのは落ち着かない話だ。国立劇場に関しては大石静さんだけでなく多くの人が問題にしている。詳細な経緯は知らないが、伝統芸能、それを支える人間国宝や後継者たちへの敬意が感じられない失礼な国の姿勢だと思う。
 毎月第2土曜日の午後に開催中のThink Asia Seminal(TAS/華人研)も会場として大阪駅前第二ビルの研修室を借りている。会場の抽選会は毎月1日の朝から行われ、3か月先の予約を何とか確保している。広い会場は2か所だけで、あとは定員36名の研修室である。大阪市の行事使用が最優先であり、一般申込団体も多いので競争はそれなりに厳しい。セミナーへの予約申込が増えた時でも臨機応変の対応が難しく、参加者には窮屈な思いを強いている状態を何とか改善したいと考えているが、なかなか上手くいかない。
 2月1日の抽選会では5月9日の予約が対象となる。5月例会では1945年からの「留用」家族としての生活に続いて遼寧大学まで進学された小宮紀元氏に体験と帰国後の生活やクラレ㈱でのLT貿易に関する体験談を語って頂く予定。昨年1月の中国東北地方での「留用」体験を話して貰った新宅久夫氏、同10月に登壇頂いた「留用」研究者の堀井弘一郎氏にも駆けつけて頂き鼎談が実現しそうだ。定員70名の大部屋を希望するも先約が入っており、残念な思いをした。
 2月7日、長崎華僑を始め各地の華僑社会について、内側の視点から教示していただいた方の告別式のため上京した。横浜辺りで雪景色になり、吉祥寺のお寺に到着した頃には武蔵野の木立が降る雪で寂寥感を増していた。式場で「長崎の爆心地近く生まれの彼は、被団協の平和賞受賞を殊の外喜んでいた」という声が聞え納得した。早めの新幹線でトンボ帰りして何とか関ケ原を通り抜けた。往復6時間の新幹線で井手英策『令和ファッシズム論~極端へと逃走するこの国で』(筑摩書房)を読み続けた。著者を強く推す友人に感化されて、昨夏に新著を購入したものの長く難渋していた。息子さんに「振平」と名付け、平和を希求したリベラルな故人を見送った直後の昂揚、「ひかり」号の静けさ、投開票前日という緊張感などにより集中力が高まり、石炭にスコップを差し込むようにザクッザクッと論理の世界を切り開いて行けた。終章には次の文章があった。
・・・その時どきの空気で投票行動は左右されるようになり、政治家の行動も、選挙にむけ「どうやって空気をつくるのか」という視点にひきよせられた。あるべき社会への理念や哲学は、すっかり後景にしりぞいてしまった。・・・
 この大相撲の興行日数より短い選挙の間に得たものはそれなりに多く、上記文章の多くは肯定するものの、地元で27歳の候補者の肉声で「想像力」そして「理念」という言葉を聴けたことが第一の収穫であった。

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井上 邦久(2026年2月)