【多余的話】『陸羯南』

 兵庫県立美術館での、「アンチ アクション」~彼女たち、それぞれの応答と挑戦~展に二度行き、戦後の一時期に注目されながら、すぐに忘れられた女性前衛画家(白髪富士子・草間彌生ら)の作品をじっくり観た。分厚い図録も会場のソファで通読できた。
 美術館の帰りには、いつもの阪神電車元町駅上の四興楼の豚マンとビーフンを食べてほっこりした。あとは、連休最後の六日に柏餅を買いに走った以外は『猫』と過ごした。猫と言っても鳴き声を上げ、高値な缶詰を常食としている生き物ではなく、『吾輩は猫である』の無名氏の『猫』の行動と言葉を追い続けただけだった。
 「多余的話」(2023年1月)『正月の猫』で、周恩来首相から肉声で聴いた「日露戦争の戦場は中国であることを忘れないで貰いたい」という言葉を記録に残して以来の『吾輩は猫である』だった。
 今回は小説の中に「日本新聞」(新聞「日本」)が出てきたはずだというぼんやりした記憶を確かめるのが目的であったが、陸羯南(くが・かつなん)の「日本新聞」はなかなか見つからなかった。
 故小泉八雲先生や故正岡子規という記述から時代を再認識させられた。新聞関係では、「萬朝報(よろずちょうほう)」「読売新聞」を発見したが、「日本新聞」はなかなか探しだせず、たぶん思い込みか記憶違いだろうと諦めかけた挙句、初めから精読することにした。
 冒頭から50頁目あたり、苦沙弥先生宅を初めて訪ねた越智東風(おち・こち、おち・とうふう)が美学者迷亭に西洋料理店に連れられ、料理ができるまでに「ふところから日本新聞をだして読みだしました」と報告する段に目指す新聞「日本」を発見した。
 旅順陥落、バルチック艦隊といったくだりに目星を付けた横着な探し方をせずに、初めから素直に読んでおれば見落とさず、文章の面白さも楽しめたはず、と『猫』に皮肉られるまでもなく自省した。
 
 ここで、陸羯南と正岡子規の繋がりを伝える文章を拾うと、
・・・まもなく、子規は神戸まで松山からの母と妹を迎えに出る。着京したその日から、一家は陸家に世話になる。・・・飯も菜も火も湯も早風呂も皆々陸(くが)よりの供給にて事足れり申候・・・
・・・いやな時には出勤致さずともよろしくと申し候其のかハり、月俸は十五円に御座候。 ・・・外の新聞社は三十円から五十円の給料を出すであろうから、その気があるなら国会新聞社や朝日新聞社を紹介してやろう、と羯南は言う。これに対して、子規は、他社が何百円くれようと、日本新聞社の社員になると言った・・・
 「(佐藤)紅緑が羯南家に玄関番をしていた頃、子規の下宿は小さな路地を隔てた隣にあった。紅緑は、羯南家を訪れる子規に何度もあっている」「日本新聞社の社内では、羯南を陸翁と敬称をつけていたが、社員同士ではお互いに敬称を付けて呼ばなかった。日本新聞社員となって、紅緑も子規君と呼んだというのである。・・・
『羯南と子規と紅緑』舘田勝弘(みちのく春秋叢書第7巻)より

 その頃、陸羯南と正岡子規が暮したのは根岸二丁目、山手線鶯谷駅から歩いて5分くらいの辺り。「加賀様を大家にもって侘び住まい」(子規)前田家の用人長屋で母親と妹の律に介護され、陸羯南一家に支えられながら暮らした。住居は東京大空襲で焼失し、敗戦後に再興され「子規庵」として公開されている。糸瓜棚もある。
 今年の初め上京して、中村不折記念館(台東区書道博物館)で「明末清初の書画―八大山人生誕400年記念―」展を観た。
 杭州でも修行した書道家の適切な水先案内で、王朝交代期、且つ異民族の支配下で葛藤や迎合した人たちの書画を齧ることができた。帰りに久しぶりに斜め向かいの「子規庵」を覗いてみたら、玄関の右手に大きな陸羯南のパネルが置いてあった。陸家跡は新建材住宅が建て込んでいて想像力で往時を偲ぶには限界があった。 (明末清初の書画―八大山人 生誕400年記念―
 
 新聞「日本」という豊穣な活字の畑で、子規に代表される多くの後輩に慕われ、耕し、育み、後継者にも恵まれた厚情の人としての陸羯南の生き方。国民主義と呼ばれる思想を醸成しつつ、東亜同文書院を主宰した近衛篤麿との微妙な関係性を保った言論人としての陸羯南の立ち位置。これらについては、6月例会で東奥日報社OBに来演いただき、津軽同郷人ならではの報告をしてもらう予定です。
 新聞「日本」には、子規の主導により、短歌、俳句、漢詩の精華が溢れているようですが、半可通のことを綴ると『猫』に「行徳のまないた」と皮肉られそうなので控えます。
 年初来、古典講読会で北基行老師から教わっている『玉臺新詠集』の訳読者の鈴木虎雄について、新聞「日本」の社員であったこと、大学院中退後に入社して漢詩欄の選者となったこと(薄給25円)、子規の後継者として短歌撰者となり、台湾日日新聞社にも移ったが、日本に戻り羯南の次女鶴代と結婚、その後『羯南文録』を編んだことを知りました。羯南の求心力を感じる一例と言えそうです。
 陸羯南について漱石・子規を補線とした大それたサワリの文章で、前座を務めました。あとは6月例会での真打登場をお待ちください。

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