昨年末、仕事納めの午後に日中投資促進機構事務局から拙稿へのフィードバックを届けて貰いました。ご多用の中にも拘わらず丁寧な取りまとめをして頂いた担当の皆様と読者各位に感謝します。
2009年10月、上海から個人的な駐在レポートの発信を始め、徐々に身辺雑記を加えて毎月の近況報告となりました。タイトルは少し気取って「上海たより」としましたが、あくまでもアマチュアの手すさびでした。その後、北京・横浜と移り棲む先々で「たより」を綴り、2017年に退職し大阪に定住してから更に気取ったタイトル「多余的話」(文人政治家の瞿秋白が最期に残したとされる畢生の文章の題名)に換えました。「言わずもがなの記」を親しい友人に個別に届けて読んで貰ってきました。その後、上海時代からの古い読者である岡豊樹事務局長から連載掲載しましょう、という望外の申し出を貰ってからは、あまりにも個人的に過ぎる趣味的な話題(高校野球・舟木一夫の歌謡曲など)は控えてきました。
フィードバックコメントには肯定的な温かい言葉が多く、励みになりました。重ねて御礼を申し上げます。これからも素人なりに「活到老、学到老」の一歩を一文字に重ねていきたいと思います。
年末最終土曜日に大阪駅前ビルでの中国古典講読会の結びとして、老師から『燕山夜話』『史記』に加え新年から詩を読もう、それも唐詩宋詞ではなく、もっと古い詩の方が素朴で生活感に溢れているから面白いよ、と提案された。サンプルとして『文選』ではなく『玉臺新詠集』からの以下の詩を提示された。
上山采麋蕪,下山逢故夫,长跪问故夫,新人復何如、
新人雖言好、未若故人姝,颜色類相似,手爪不相似。・・・
(山で薬草採りをした帰りに元の夫に出逢った、元の夫と話し込み、新しい嫁さんはどう?と問うと、新しい嫁は良いには良いが、お前さんの美貌には敵わないし、器用さでも劣る、など色々と語り、最後は「新人不如故」などと家から出された元女房に言い繕う始末)
生活感があり、現代にも通じる機微を感じた。
老師は古詩には難しい押韻や故事引用はないと話され、これまで繰り返し漢詩解釈に手こずっている我々に漢詩=唐詩の呪縛を解いて進ぜようとのお言葉だった。卒寿を越えてから身体も頭脳も更に闊達な老師の意気込みに、我々「新人」がどこまで先達の域に近づけるか、早々に午年の課題を示唆されたことを自覚しながら、駅前ビルから堂島地下街を通ってジュンク堂書店へ向かった。
年末の書店レジにも行列ができていた。『ローリングストーン』最新号の入手依頼を果たすのが目的だった。この月刊誌はロックの専門誌として50年前から目にしていたが、最新号はJung Kook特集であった。書店の次は人気の花屋で正月飾りの松・梅・千両を入手するための行列の最後尾へ。入手したばかりの音楽雑誌、といっても表紙からJung Kookの写真がどっさりだったが、わずかな文字部分から知ったことは、釜山生まれの정국(柾國)はグループ・BTSの最年少メンバーとして15歳のデビュー以来空前の視覚と聴覚の対象とされた。韓国兵役制度は18カ月(陸軍・海兵隊)から21カ月(空軍)と決められている。BTSグループ全員が既に兵役を終えて除隊した。グループとしての再生とJung Kookのソロ活動に注目が集まる云々。十年以上注目されて未だ28歳、後生可畏。
1月5日、旧暦年末の韓国から安聖基(안성기・あんそんぎ)氏逝去の報が届いた。小生と同じ歳であるが、朝鮮戦争の渦中のソウルから逃避行の中で生まれた安氏と玄界灘を隔てた大分県中津市の安穏とした環境で生まれた人間とは出発からして大きな違いを感じる。
安氏は子役時代から数えきれないくらい多くの映画に出演しているようだが、実際に観て印象に残っているのは、インテリ浮浪者を演じた『鯨とり』、韓国の葬式を描いた『祝祭』、北朝鮮報復の特殊部隊の指揮官役『シルミド』である。小栗康平監督の静謐な作品『眠る男』で役所広司と「共演」をしていたが、滑落事故の遭難者役の安氏はひたすら眠るだけの役柄(役得)の印象が鮮明だった。
ソウル支店の同世代のB氏とは韓国各地を出張し、中でも38度線より北に位置する束草漁港での蟹由来のキチン・キトサン事業に際しては休戦ライン近くでの得難い体験をともにさせてもらった。また両班出自のB氏からは歴史の重さ・社会の格差・徴兵制度など多面的な教示を頂いた。そのB氏が築いてくれたベースに安氏らの多くの映画を通じて知った韓国事情は心に深く刻まれている。
『冬のソナタ』以降の韓流ブームには乗り切れないままだった。折を見て韓国の町を若い世代と歩き、新たな潮流を感じてみたい。
国内映画に専念した安聖基を偲び、各種媒体を活用して世界規模の活動をするBTS・Jung Kookの一端に触れた年末年始だった。
折しも自らの裁判案件は無かったような顔をして、如才なく米国や中国との外交日程をこなす大統領を等閑視してはならないと思う。
韓国は今「ローリングストーン」の変革期にあり、新鮮な発想で常に課題を明示される老師もまた「苔の生さない石」だと思う。
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