在タイ日系企業が直面する「4重苦」
2025年7月現在、同月19日にタイ政府が今年のGDP成長率見通しを2.8%から1.8%に大幅に引き下げるなど、タイの景況観は決して明るくない状況にある。本稿では、そのような状況下において在タイ日系企業が直面している「4重苦」として、① 内需停滞、② 政治の不安定、③ トランプ関税、④ 中華系企業の浸透について着目し、各項目について解説したい。
まず、一つ目として「内需停滞」についてであるが、家計債務の高止まりや、ローンの厳格化、農作物価格の下落による農家の所得減少などの要因により、国内の消費が低迷している状況にある。2025年1~3月期における家計債務は前年同期比0.1%減の16兆3,511億バーツ(約7兆8,100億円)と2012年の調査開始以降初めて前年同期を下回ったものの、対GDP比は87.4%と依然高い水準にある。このような状況の下、金融機関のローンの審査が厳格化されており、タイ住宅事業協会によると2025年1~3月の住宅ローンの却下率は45%であった。また、他国との価格競争や天候不順により、タイ米の国内取引価格が過去17年間で最低水準に下落するなど、農作物の価格下落は農家の所得減少に繋がっている。それらを含む様々な要因が影響し、内需の停滞に繋がっている状況であり、自動車新車販売台数を例に取ると、2025年1~5月期における同販売台数は2023年同期比35%減の25.3万台であった。
二つ目は、「政治の不安定」である。2025年7月28日現在、タイのペートンタン首相(タクシン元首相の次女)はその職務が一時停止状態にある。これは、タイ軍とカンボジア軍が5月下旬に国境地帯で交戦して両国関係が緊迫化する中、6月中旬に同氏がカンボジアのフン・セン上院議長(前首相)と非公式で電話会談した際の音声が流出したところ、その中のペートンタン氏の発言がカンボジアの要望を優先し、タイ軍幹部を敵視したとして問題視された。これにより、タイの憲法裁判所は7月1日、同氏の職務停止を命じ、解職が妥当かを審議することとなった。7月23日においては同氏の説明期間を同月31日まで延長することが発表された。政治混乱が長期に渡る場合、景気悪化を加速させる可能性や新たな政治対立が懸念される。前任のセター前首相も2024年8月に憲法裁判所の介入により約1年という短期で政権に幕を閉じており、タイの政治は安定しない状況が続いていると言える。
三つ目は、「トランプ関税」である。タイに対してトランプ政権は、貿易赤字を問題視するとともに、中国製品を「迂回輸出」する拠点にもなっているとして高関税の標的としている。2024年タイのアメリカ向け輸出額は約550億ドルであった一方、アメリカからの輸入は約195億ドルとタイはアメリカに対して大幅な貿易黒字であった。2025年7月7日、トランプ米大統領はタイに対して8月1日から適用する新たな関税率36%を発表した。同関税に対する最近の動きとして、タイ政府は7月18日、米国通商代表部と公式交渉を実施し、5年間かけての対米貿易黒字の7割削減や市場開放、農業・工業分野の非関税障壁撤廃などを提案したと発表した。足元では、相互関税の回避のため米国の輸入業者による駆け込み需要が加速しており、関税交渉の趨勢は各方面から注目され、懸念も示されている。
最後に、四つ目として「中華系企業の浸透」を取り上げたい。近年、自動車関連産業や電気・電子部品産業を中心として中華系企業がタイに進出するとともに、多くの中国製品がタイに流入している。2024年、国・地域別のFDI海外直接投資額(認可ベース)を見ると中国は約1,774億バーツで第2位に位置しており、2023~24年の中国の対タイグリーンフィールドFDI上位10件を見てみると、データセンター建設や、スマート家電製造、EV製造、PCB製造といった投資内容が並ぶ。前回の投稿でも取り上げたとおり、BEV分野においては中国系のEVメーカーが強く、2025年1~5月のBEV(乗用車のみ)登録台数約4.4万台のうち中国系メーカーは約3.9万台と89.4%のシェアを占めている。
在タイ日系企業は、短期的には「4重苦により経営判断が困難」となっており、長期的には「中長期的な経済成長を見込みにくい」という課題に直面している。同課題に立ち向かうためには、今後は「ターゲット業界のシフト」、「中国拠点との連携/中国人採用」や「経営の現地化」が求められていくことになると考えられる。
香月 義嗣(2025年7月)
