『米中貿易摩擦のアジア企業に対する影響』

前提:本論文(サマリー)は、2019年10月26日に対外経済貿易大学において公演を行ったテーマにもとづき、中国語で作成したものである。中国語を正とし、日本語を参考訳とした。

(内容はいずれも2019年10月時点)

中国語原文

日本語参考訳

米中貿易摩擦のアジア企業に対する影響

 

サマリー:米中貿易摩擦のアジア企業に対する影響は、米国の対中関税引き上げがそれぞれの企業の業績に与える直接的影響及び、貿易摩擦に起因する需要減退や経済の下振れによって企業が被る間接的影響に大別される。みずほ総合研究所の調査結果によると、米国の対中関税制裁の影響を回避するため、販売経路を中国から第三国(ベトナム、マレーシア、タイ等)経由に変更する日本企業の数が増加傾向にあり、関税引き上げによる日本企業の製品への影響は限定的に留まっているものの(6.5%)、中国の企業効率の悪化は日本企業の事業に大きな影響を与えている(19.5%)ことがわかる。

一、米中貿易協議の現状及び日本経済界のスタンス

2018年3月に、米中貿易摩擦が始まって以降、双方は相次いで4回の関税引き上げを発動し、制裁もエスカレートする一方である。最新の状況によると、米中双方は2019年12月13日に臨時の貿易協議の合意に達し、2019年12月15日に予定していた新たな関税制裁の発動を見送った。これは米中貿易交渉で達した第一段階の合意の内容であり、今後の焦点は2020年1月以降の「第一段階協議」の正式署名に移る。

日本の経済界はこれらの動向をどう受け止めているのだろうか?双方が追加関税の発動を見送り、エスカレートする一方だった制裁と報復の応酬に一応の歯止めをかけたのは歓迎したいという意見が大半である。しかし、今回の合意は貿易戦争の打開に向けた小さな一歩、段階的な合意にすぎず、米中が全面合意に達するにはまだまだ長い道のりがある。中国の産業政策の見直しを含む構造問題の解決や、両国が課した高い関税すべての撤回を目指し、米中間で真摯な交渉を続けてほしいと願う企業は少なくない。米中が事態の改善を急ぎ、部分的な合意で妥協したことは残念なものの、今回の合意は2018年7月に始まった米国の高関税政策が初めて緩和されたという点がみればその意義は大きいと思う。

二、米中摩擦の世界経済及び企業への影響

関税引き上げは、米中双方の貿易の減少を招く。米中対立が長期化すれば、企業のビジネスマインドや金融市場への影響は大いに憂慮するところである。例えば:企業のビジネスマインドの悪化は企業の設備投資を招き、世界経済の成長に影響し、グローバル経済の減速を引き起こす。みずほ総合研究所の試算によれば、米中間の貿易全てに25%の関税が課された場合、世界経済の成長率は約0.7%下押しされる、具体的に見ると、米国は約0.8%、中国は約1.9%、日本は0.3%下押しされることになる。

少し長い目で見れば、米国による対中制裁関税による影響を回避するため、企業が生産拠点を中国からアジアのその他の国に移す可能性がある。中国と輸出品目が類似するベトナム、マレーシア、タイ等、ASEAN諸国に相対的に恩恵が生じる可能性がある。もっとも、米国の保護主義の矛先が東南アジアに向かう可能性もある。実際、2019年5月発表の米財務省為替報告書では、ベトナム、マレーシア、シンガポールを通貨政策の「監視対象名簿」に新規で入れている。

米中貿易摩擦の企業に対する影響は主に二つの側面が含まれる、一つ目は米国の対中関税引き上げがそれぞれの企業の業績に与える直接的影響。二つ目は貿易摩擦に起因する需要減退や経済の下振れによって企業が被る間接的影響に大別される。2019年5月米国の対中関税「第四弾」発表後、みずほ銀行が在東アジア地域の取引先884社を対象に実施した調査によると「減収又は減益」との回答は14%で、主な悪影響は販売減少と採算悪化であった。なお、在中国日本企業については、売上の大宗が中国国内向け、ないしは米国以外の日本やアジア向けであるため、直接的なマイナス影響は想定よりは限定的に留まっている状況である。また、みずほ総合研究所の1072社企業に対する調査結果によると、関税引き上げによる日本企業の製品への影響は限定的に留まっているものの(6.5%)、取引先の中国企業の業績悪化は一定程度影響がある(19.5%)ことがわかる。多くの企業は貿易摩擦の持続が、中国の景気減速拡大を進めたり、摩擦が周辺国にも拡散、波及することを懸念している。また、調査によると、米中貿易摩擦を含む生産コスト上昇の対応策として、中国の生産基地を第三国へ移転させる企業は2017年の14.7%から2018年の16.8%まで増加した。その移転候補先の主なものはベトナム、タイである。

三、日米貿易摩擦の教訓

日米貿易摩擦は20世紀50年代頃から、繊維、鉄鋼、テレビ、自動車、半導体と業種を変えつつ激化して。当時、日本政府と日本企業の対策は基本的には米国本土での生産の拡大、輸出自主規制、国内市場の開放である。

米国本土での生産拡大は米国の雇用機会を創出するためであったが、米国企業の日本に対する不満と批判は払拭されなかった。同時に米国の保護主義的な政策が、日本の一部産業の競争力にも打撃を与えた。例えば:米国は「301条」に基づく関税賦課は日本の半導体産業の凋落を招くきっかけとなった。

日米貿易交渉は決して順風満帆というわけではない、米国は、「自由貿易の推進」のために必要な保護主義的措置を採用すると明言しているものの、「自由貿易」という理念も普遍的なものではなく、米国が自分に都合の良いように解釈する傾向にある。「日米包括経済協議」は、その実、米国が日本市場での外国製品の一定のシェア達成を要求する「結果志向型」の交渉であり、米国本土企業の競争力の低さも、自助努力の不足も無視した自国本位主義のやり方でもある。また、米国のやり方は、貿易と経常収支の不均衡はマクロ的な貯蓄と投資のバランスに起因しており、貿易政策では決して完全に是正できないということが理解されていないことを反映している。

通貨(為替)は通称交渉の切り札である。クリントン政権でははっきりとした措置で円高を誘致した。1994年2月、日米首脳会談が決裂し、日本は市場開放による量の調整を拒んだために、通貨(為替)による価格の調整を迫られた苦い経験もした。これらの日米摩擦の経験や教訓は、いわゆる「先人の失敗は後人の教訓」となり、米中貿易交渉のため、有益な参考とすることができるのである。

現在、米中貿易協定と日米貿易協定の状況が世界の注目を集めている。日本が関心を寄せている話題は主に多角的な交渉(RCEP、CPTTP、FTA)を通じて展開される相互互恵の往来に集中している。しかし、日本企業が最も注目しているのは日中関係の今後の動向であり、日中両国の環境、医療、訪日観光等の分野での連携を期待しているのである。多くの日本企業は、「再投資や生産地移転等の戦略調整の可能性はあるものの、中国市場に対する関心は依然として変わらない」と表明している。2020年には米中間で出来るだけ第一段階の合意が結ばれ、引き続き第二段階の首脳会談が開かれるよう願っている。習近平主席が2020年春に国賓として訪日し、日中両国の投資、貿易、文化及び青少年の交流を促進し、世界経済の安定と世界貿易の一層の発展が促進されることを期待する。日本の企業家は、全世界経済の見通しは楽観的ではなく、2020年に米中間に残されたすべての関税問題が解決され、そして、企業と家庭の憂いがなくなることを願っている。また、対話を通じて共存共栄の道を探っていきたいと考えている。

 

岡豊樹は日中投資促進機構の事務局長である。本文は2019年12月29日、対外経済貿易大学に受理された。

 

以上