(北陸地域レポート)【第5回地域レポート】

 福井の日本酒蔵元のグローバル化

 今、福井でグローバル化に最も勢いがあるのは酒造業界ではないだろうか。個人的な嗜好もあるが、福井の酒蔵から目が離せない。福井県の30を越える日本酒蔵元の中で、単なる輸出の枠を超えて、「世界ブランドへの価値の向上」と「産地への誘客(インバウンド)」を組み合わせた、より高度な戦略へと進化しつつある蔵元がある。どの酒も美味さでは甲乙つけ難いが、特に、「黒龍」(黒龍酒造)、「白龍」(吉田酒造)、「梵」(加藤吉平商店)が興味深い話題を提供してくれる。2023年のある調査では、中国人富裕者層に人気の日本酒銘柄は、トップが「獺祭」(山口県/旭酒造)であるが、トップ7に「黒龍」と「梵」の2銘柄が唯一福井県からランクインしている。

1.輸出戦略の高度化
 酒造りは量から質に転換され、高価格帯のラインアップに注力している。昨年発売の「梵・超吟Vintage2014」(10年物)は、ドバイの高級レストランでは1本350万円(標準小売価格110万円)で売られており、完売も相次いでいる現在最高額クラスの日本酒である。今年新たに設立された「美酒(日本酒)アワード」では、「梵プレミアムスパークリング」がフレンチ部門の食前酒、「梵ゴールド」が中華の食中酒でそれぞれ二つ星を獲得している。「梵(ぼん・BORN)」とは、サンスクリット語で「けがれなき清浄」と訳される。もう一つの「BORN」は「誕生」といずれも海外受けするブランドで、現在世界118ヶ国に輸出されている。
 また、「黒龍」で知られる黒龍酒造の「石田屋」、「二左衛門」といった限定品は、中国のオークションや専門ショップで驚くほどの高値で取引されている。さらに熟成酒の「無二」では、新たな日本酒の価値創出のために、特約店バイヤー参加による入札会という販売方法をとった。ビンテージワインのように年代毎に酒米の出来や気候により、プロの目利きで価格を決める。4年に1回入札会が開かれ、今年は3回目が開催される。前回入札の小売価格は20万円を超えており、この酒も中国人富裕層に人気がある。
 最近、福井の酒蔵は、「テロワール」をいう言葉を使う。ワインなどの味を形成する生育環境や産地特性のことであるが、「福井の土と水で育った米で造る」ストーリー性と「福井でしか造れない」希少性が新たな価値を生んでいる。

2.産地への誘客(インバウンド)
 2022年、黒龍酒造は酒造りを軸とした福井の文化を発信する拠点「ESHIKOTO(えしこと)」を永平寺町に開業した。イベントホールを併設した「臥龍棟(がりゅうとう)」には、約9,000本のスパークリング日本酒が静かに熟成を待っている。昨年新たにオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)の「歓宿縁(かんしゅくえん)」がオープンした。海外バイヤーや有名シェフを直接招き、福井の自然風土と食文化をセットで体験してもらうことで、日本酒を単なる酒ではなく、文化として体感する仕組みを構築しようとしている。日本酒の単一ブランドというスケールを超えて、日本酒全体の価値を新たに生み出すというスケールの大きな試みが注目されている。
 「ESHIKOTO」は、「とこしえ(永久)」を逆から読んだものであるが、この挑戦がフランスワイン文化の「シャトー」ように昇華され、世界の認知を受けるという夢は大きい。

3.資本のグローバル化と産地のローカル化
 「白龍」(吉田酒造)は、独自の攻めのグローバル戦略を展開している。香港の「シンフォニー・ホールディングス」との合弁で新会社「シンフォニー吉田酒造」を2022年に設立した。新蔵「吉峯蔵(よしみねぐら)」は、最初から海外市場への供給を主眼に設計された。香港企業の資本力とネットワーク、そして吉田酒造の技術力を掛け合わせることで、海外の嗜好に合わせた製品を迅速に開発・投入できる体制を整えた。海外市場としては、香港・中国・アジア圏を最重要視しており、シンフォニーグループの300以上の免税店に出荷する計画になっている。また、世界市場を見据えて、禅の聖地として知られる「永平寺」の名は最強ブランドであり、2024年よりメインブランドを「白龍」から「永平寺白龍」へと順次進化させている。
 さらに、吉峯蔵から10km圏内の米しか使わないという徹底したこだわりを、「永平寺テロワール」という言葉で表現し、土壌、水、気候の個性を前面に押し出している。黒ボトルの展開、龍をイメージしたラベル、 現地の食文化(中華料理の脂の強さや味の濃さ)に負けないフルーティーで滑らかな限定酒を展開するなど海外市場仕様の酒造りを行っている。 一方で、吉峯蔵は、単なる酒造りの場ではなく、観光・発信拠点としての機能も備えている。2階ショップのテラスからは、酒米が育つ美しい棚田を一望でき、VIPやバイヤーを招き、「今、目の前で見ている田んぼの米から、この酒ができている」という体験を提供することができる。吉田酒造は、地方の小さな蔵が海外資本との合弁による資本のグローバル化と、「テロワール」による産地のローカル化を同時進行することで世界に唯一無二の価値を創出しようと挑戦している。「黒龍」と「白龍」はともに私の生まれ育った永平寺町の愛すべき酒蔵。その方向性には未だ白黒つけられないが、福井の小さな酒蔵がそれぞれ生き残りをかけて頑張っているのは誇らしい。是非とも福井に来て、その豊かな自然の恵みとともに美味しいお酒を味わっていただきたい。

  黒龍 ESHIKOTO(左)と臥龍棟(右)
    白龍 吉峯蔵

大橋 祐之(2026年1月)