(関西地域レポート)【シルバー・ヘルスケア分野の課題解決協力の可能性――「対話山東」等からみる】

 医療・介護等ヘルスケアは、前回レポートしたグリーン経済と共に、具体的な協力分野として日中両国首脳間で合意されている重要なテーマです。今回は、7月29日の大阪・関西万博中国パビリオン山東ウィーク開幕日に行われたプロモーションイベントを振り返りつつ、本分野での課題解決協力の可能性を念頭にレポートしてみたいと思います。

先行する山東省のシルバー・ヘルスケア分野

 プロモーションイベントの正式名称は「2025年大阪・関西万博中国パビリオン山東ウィーク開幕式および2025年『対話山東』-日本・山東産業協力交流会」でした。「対話山東」という産業協力交流会は、2020年から毎年、山東省人民政府が中国国際貿易促進協会と日本貿易振興会(JETRO)と共に主催し、日中経済協会や弊機構を含む関係諸団体の後援協力も得て、山東省と日本との間のビジネス交流を目的として開催してきたものです[1]
 シルバー・ヘルスケア分野は、これら6回の交流においてほぼ毎回重要なプレゼンテーションテーマに含まれ、特に2022年はメインテーマとして「対話山東―シルバー産業協力交流会」が開催されるなどしてきました。本年のプレゼンテーションでも、馬立新・山東省衛生健康委員会主任が、劉勇・山東省発展改革委員会副主任および陳東輝・山東省財政庁副庁長と共に主管政策を解説しています。
 馬主任によれば山東は、「中国一の高齢者人口を誇る省」として「シルバーエコノミーの将来性は有望」であり「中国唯一の医療・高齢者福祉結合モデル省(原文は「医養結合示範省」)」であるとのことでした[2]

図1【参考比較】2024年等の中国各省・市・自治区の65歳以上人口(万人)と比率(%) [3]

 そこで、2025年初の速報値である省・市・区政府の「2024年国民経済・社会発展統計公報」によって65歳以上の人口とその比率の比較を試みようとしたところ(但し、地方によって当該統計公報には収録されておらず、出所やデータ基準が異なるものも含まれますので、あくまでも一つの参考であることにご留意下さい。後掲注3ご参照)、図1の通り、山東省の65歳以上人口は省・市・自治区中の最多のようですが、省内常住人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は17.73%であり、山東省よりも高齢化率の高い地方は、上海市(29.4%:但しこれは戸籍人口比率)、遼寧省(21.9%)、吉林省(19.42%)、黒龍江省(19.4%)、重慶市(18.87%)、江蘇省(18.7%)、天津市(18.48%)と、7省・市もあります。従って、中国最多の高齢者人口を擁する山東省で、「医養結合モデル」をはじめとするシルバー・ヘルスケア分野の課題対策を全国に先駆けて試行展開していることは、既に同様の課題に直面していたり潜在的な課題として予見される多数の地方から、レプリカビリティの高いモデル機能を期待されていると思われます。
 馬主任のプレゼンテーションの前半で投影された産業政策プラン「山東省医療・養老・健康(医養健康)産業発展規劃(2023‐2027年)」はそうした要点が垣間見られるものでした(表1)。


表1 山東省医療・養老・健康(医養健康)産業発展規劃(2023‐2027年)の要点(例示)

通知発表時期2023年9月21日
通知番号魯政字〔2023〕162号
◆発展成果・2022年山東省医養健康産業生産増加額5600億元超、GRPの6.4%
・2018~2022年の間、平均8%以上の成長
・全国初の医養結合モデル省(2018年2月国家認定:参考1)
・「職工長期護理(従業員長期介護)保険」網羅を全国率先実現、介護保険加入者3,948万人、全国一位
・医養健康産業重点プロジェクト436
・省クラスの医養健康産業基金設立(認定規模)157億元
・医養健康産業重点外資プロジェクト(5年間累計成約数)56、外資契約額22.6億ドル
◆存在する課題・産業チェーンの上流・下流企業のリソース分布が分散
・科学研究のトップ人材と末端のサービス人材の両極欠如
・横断的産業融合:運営モデル未成熟、サービス・製造の整合不足
・政策障害のブレークスルーの必要性
・産業政策の一部分野に依然存在する制度設計問題と具体的操作上の難題、産業データ体系の整備不全
◆発展目標〇2027年までに医養健康産業について、新旧動能転換重大工程優位性形成を実現
・2027年 産業増加額7000億元超、GRP比6.5%前後安定(2022年 5615億元、6.4%)等15指標
◆地域配置〇「三極三圏五区全域」の発展配置を構築
・三極(済南、青島、煙台)牽引、等
◆重点分野〇七大重点分野:医療、健康(メンタルヘルス、住民長期介護保険を含む)、養老、医薬・機器、中医、スマート・デジタル化、融合的新興業態、等
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(出所)山东省人民政府关于印发山东省医养健康产业发展规划(2023-2027年)的通知http://www.shandong.gov.cn/art/2023/9/21/art_267492_59167.html
(参考1)「医养结合,山东取得两个“全国第一”」2023年7月29日、大衆日報
http://www.shandong.gov.cn/art/2023/7/29/art_97904_601207.html



課題解決協力の可能性

 では、今次レポートで念頭におきたい「課題解決協力の可能性」からみると、山東省にはどのようなモデル性があるのでしょうか。
◆日本の認知症施策
 ここで日本のシルバー・ヘルスケア分野の重点課題の最近の動向をみますと、2024年1月の「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」施行と、これに基づき2024年12月に閣議決定された「認知症施策推進基本計画(以下「基本計画」と略す)」に基づく社会全体での認知症への取組みが挙げられます[4]。この基本計画においては、誰もが認知症になり得ることを前提とした「新しい認知症観」が一つのキーワードとされ、これに基づく施策の推進が記されました。国際協力の推進も基本的施策の一つです。
 また、概ね5年ごとに見直されている「高齢社会対策大綱(以下「大綱」と略す)」[5]の推移をレビューすると、「認知症」という言葉の使用頻度が、「人生90年時代」と記されていた2012年9月の「大綱」では8回でしたが、「人生100年時代」とされるようになった2018年2月の「大綱」では15回、2024年9月には30回と倍増していることにも、日本社会の高齢化に伴う「認知症」対策という課題の重要性が見て取れます。
◆認知症対策アクションでも先行
 山東省の前述の産業政策プランには、「認知症」対策の明示的記述はありませんが、本プランが依拠する「“健康中国2030”規劃要綱(中国共産党中央・国務院、2016年)」に既に高齢者の「認知症」等への関与強化方針が示されていたからには、当然内在しているとの理解が妥当でしょう。
 実際に、本プラン発表の翌年の2024年には、「健康山東行動実施方案(2024-2027年、山東省愛国衛生委員会)」で広範な16分野のヘルスケアアクションの10番目に位置付けられた「高齢者健康促進アクション(老年健康促進行動)」の中に高齢者の口腔ケア、栄養改善、聴力ケアと共に「高齢者認知症対策(原文は「老年痴呆防治」、以下同様)」等の促進アクションが列挙されています。[6]
 また、同年10月の山東省人民政府新聞弁公室の新聞発表会において徐民・省衛生健康委員会副主任は、記者の質問に対し「国の方針に基づき本年5月から、省全体での高齢者認知症対策促進行動が起動している。省衛生健康委は1月に『山東省高齢者認知症対策促進行動実施方案』を、4月に『山東省高齢者認知症対策促進行動技術方案』を発表した」と答え、「省全体で36カ所の高齢者認知症対策定点医療機構を確定した」ことを紹介しています[7]。36機構の中には、今回の「対話山東」で配布された「協力ニーズハンドブック(合作需求手冊)」掲載の「濰坊中医院」もみられます。
 2025年1月には、国家衛生健康委員会等15部門による国家アクションプラン「高齢期認知症国家行動計画(2024‐2030年)」が発表されました[8]。中国の認知症対策は、スマート化、AI等の世界を牽引する要素技術をも活用し、30年に向けて社会全体に浸透していくフェーズが展望されつつあります。
 これに先行してきた山東省や青島市の認知症対策を含むシルバー・ヘルスケア分野では、既に課題解決協力のモデル的事業も行われ始めています(レポート末尾の「参考資料(例)」もご参照ください)。これら事業の持続的かつ円滑な推進に向けては、いっそう息の長い多方面からの応援が期待されるところです。
(10月6日当初掲載のレポートは人口データに誤りがありました。深くお詫びし、ここに訂正版を再掲致します。10月20日筆者記)


[1] JETROホームページ:>ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース>ジェトロと山東省が協力覚書更新へ、600人が交流、2025対話山東 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/08/ae803f6c584dee78.html
対話山東ホームページ:https://taiwa-shandong.com/jp/
[2] 日中経済協会ホームページ:トップページトピックス>協会の動き(活動報告など)>【参加報告】2025年大阪・関西万博中国パビリオン山東ウィーク開幕式及び2025対話山東-日本・山東産業協力交流会(7/29・大阪) https://www.jc-web.or.jp/pages/1872/
[3] データの出所は、各省・市・自治区政府発表「2024年国民経済・社会発展統計公報」を主とし、65歳以上の「常住人口」データが未掲載であった地方については、その後に各省民政庁等政府機関から公表されたデータを採用した。
[4] 「認知症施策推進基本計画」厚生労働省、令和6年12月 https://www.mhlw.go.jp/content/001344090.pdf
[5] 「高齢社会対策大綱」内閣府 https://www8.cao.go.jp/kourei/measure/taikou/index.html
[6] 「健康山东行动实施方案(2024—2027 年)」https://wsjkw.weihai.gov.cn/art/2024/11/6/art_29484_5226248.html
[7] 「答记者问|山东开展老年痴呆防治促进行动,36家定点医疗机构名单」大众日报2024-10-22 13:44发布于山东大众日报官方账号 https://news.qq.com/rain/a/20241022A04K2A00
[8] 「国家卫生健康委等15个部门关于联合印发《应对老年期痴呆国家行动计划(2024—2030年)》的通知」国务院部门2025-01-03 https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202501/content_6996231.htm

《シルバー・ヘルスケア―分野の日中協力 参考資料(例)》
〇邵永裕「中国のスマートシルバー医療と日系企業の参入 スマートヘルスケア・養老産業の動向を中心に」、『日中経協ジャーナル』2025年6月号(SPECIAL REPORT「中国医・薬解体新書」)一般財団法人日中経済協会 令和7年5月25日発行
〇佐々木美穂「『日中高齢化対策戦略技術プロジェクト』実施に至る経緯、成果と課題及び今後の展望」、愛知大学現代中国学会(編)『中国21』Vol.55「少子高齢化と中国経済」、東方書店(初版) 2021年12月25日発行

十川 美香(2025年10月)