日中投資促進機構主催セミナー
特別講演会 ![]()
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『WTO加盟後の中国法制事情』−司法裁判と弁護士制度− 講師:順調法律事務所 範雲濤弁護士
ご承知のように、中国は2001年の12月にWTOへの加盟を果たし、現在目まぐるしい変化の真っ只中にあります。当然ながら、中国の法律整備事情も高度経済成長に伴い、激しく変わりつつあります。日頃、皆様は対中投資事業における実務の場面で、多かれ少なかれ日本の法律事務所、いわゆる渉外弁護士や国際商事法務に長けている企業法務の事務所の専門家に、いろいろと中国進出案件のご相談、依頼をされていると思います。その実務処理の中で、訴訟案件や国際仲裁になった時には必ず中国現地の弁護士を採用し、日本の弁護士と共同しながら、いろいろな案件を処理するといった場面があるものと思います。そうした中で、日頃、現在の司法裁判システム或いは法制度に何らかの形で触れる機会が多々あると思います。ところが、法曹家ともいいますが、法律家、日本で法曹三者といわれる主に裁判官、検察官、弁護士が、実際の現場でどのように法制度の機能を担っているのか、必ずしも実態をよく理解されていないのではないかと思います。 1転換期が訪れた中国の司法体制 今年の3月11日、まさにSARSの勃発する直前に、北京で第10回の全国人民代表大会の第四次全体会議が開かれ、最高人民法院(日本でいう最高裁)の院長である肖揚氏が最高人民裁判所工作報告(最高裁の白書)を報告しました。このとき、全人代大会議長が報告者を紹介する場面が非常に注目されました。議長の報告者紹介は「それでは次は最高人民法院院長である肖揚が最高人民法院の工作報告を述べます」というものでした。肖揚氏の『最高裁大法官』という肩書きをわざと省略した訳です。
法治社会建設のスローガンが非常に高らかに唱えられてきたという経緯があります。おそらく日本ではあまり紹介されていませんが、1994年12月に北京にて江沢民が司会役を務め、中央最高指導者が集まり、中国の法律・国際商事関係の法律(国際経済取引法・国際貿易法等)の勉強会がスタートしました。まず第一回は法律学の学者を招き、WTO・GATTのもとでの国際経済システムとは何かという国際法分野について開かれ、その後は、2ヶ月に1度というペースで開かれました。当時、江沢民・喬石・李鵬らの最高指導者の間では『これからも社会主義であることは変わらないが、四つの近代化に合わせ、社会主義的法治国家を作ろうではないか、特に法による支配を中国の憲法のもとで築いて行こうではないか』という気運が高まり、それを一つのコンセンサスとして形成して行こうという決意が、江沢民の頭の中で方針として当時打ち出されたのです。 翌1995年には、全人代の常務委員長であった李鵬は江沢民にならい、全人代の中に法律講座を開設し、以前同様、2ヶ月に1度、定期的に法律家を呼び、中国の法律・外国の法律・国際法など基礎的な勉強から始め、最高指導者らも、法を重視し、法の考え方・価値観を取り入れようと積極的に法制化の準備を進めて行きました。このことが中国国内のマスコミに取り上げられ、その講座を通じ、中国の一流の法学者が中央の政界入りを果たすようになりました。その最たる方は第一回講義の講師であり、上海の華東政法学院の教授でもあった曹建明教授です。曹教授はその講義にあたり、事前に講義原稿を19回も修正し、中国司法部の役人の前でリハーサルを数回行ない、『これで私の講義の内容が中央最高指導者に理解してもらえるように』と丹念に準備をされました。1回目から最後の15回目まで続いた講義の原稿はまとめられ、最近中国法制出版社より刊行されています。 それほど、最高指導者の脳裏には、『社会主義の市場経済の中にさらに法治主義のメカニズムを導入しなければならない。市場経済は必ず法のルールに従った経済成長をしなければならない。そのためには、法的にきちんとした秩序のある経済取引の安定性、安全性を担保するための永久的な制度を作らなくてはならない。その制度確立のためには、資本主義国家の中で100年も200年も続いている法の支配の理念を、中国の国情に合わせ、導入するべきである。そうしなければ、安定的な経済成長はいつか破綻するか、もしくは秩序が乱れ、二ケタ台の成長は必ずしも保証できないであろう』という認識が強くなっていたものと思います。 そうしたことにより、WTO加盟後の2001年から、中国はWTOの協定に従い、特に対外貿易関係、アンチダンピング関係、補助金条例の面で経済分野における法律改正と国際条約・国際法の改正を行っております。今日では、商務部(旧対外貿易経済合作部)を中心に、国務院、その他の中央省庁(税関総署・工商行政管理総局・外為管理局等)がさまざまな行政条例を修正、廃止、或いは新たに制定して、全体的にWTO加盟文書との整合性が取れるよう、社会主義市場経済実態に見合った経済法制の整備に力を入れております。今では中国になくて日本にある法律というのは独占禁止法ぐらいしか残されておらず、あとはほとんど中国国内の法律として揃っていると思われます。
一方、法治国家のスローガンは国の政策によって非常に力強く訴えられてきており、中国の大学教育の場でも法学教育に対する政府の理解が得られるようになり、今までは考えられなかったことですが、理科系の大学でも法学部を設置したり、日本のような法科大学院、修士課程や博士課程を設けたりするようなところも現れてきております。
我々の大学時代には、法学部というのは、文系の総合大学に入った入学者で最も成績が悪い者が在籍するところでした。大学の中でダンスパーティーがある時は、通常女性からダンスを誘われるのですが、まず学部を聞かれ、「法学部」というと「次の機会にしましょう」と言われる始末で、法学部出身者は肩身の狭い思いをしていました。当時は政府の割当就職のため、就職が一番よいのは哲学学部であり、その後は国際政治学部、国際経済学部、或いは外国語学部、国語学部、新聞・マスメディア・ジャーナリスト養成の学部が文系の中で最上のランクでした。対して、法学部は少人数で、専任の教授・スタッフ・書籍の準備もままならず、かつ予算も少ないという寂しい状況でした。最近では一番人気が高く、キャンパスでは法学部出身者が胸を張って歩き、弁護士など就職も良くなっています。弁護士志望の学生も多くなっており、全体的にも中国の法治社会の建設が望ましいと思われるようになり、一歩ずつ前進しております。
中国は法整備に関して日本と比べ遅れているものの、日本も明治憲法の制定にあたり、伊藤博文がドイツでの留学時に涙ぐましい努力をして、外国の法律の一番優れたところを導入する等、一応の法治国家となるまで100年近くかかりました。対して、中国は13億の人口を抱え、地域・民族も非常に多様であるため、急速に法治国家になるのは至難の業であり、やはり段階的に目標に向かっていくしかないと思われます。 しかし、こうした現状とは裏腹に、中国の法律事情の中で大変心配される事態が最近起こりました。2002年の4月、全国的によく知られている弁護士がある被疑事件に巻き込まれ、北京で逮捕されました。これは司法体制自身の合法化の根底を揺さぶるものでした。また同年5月には、元全人代の副委員長、広西にある少数民族自治区の書記だった成克傑が汚職事件で逮捕され、この成克傑と国務院の公安庁(日本でいう公安委員会)所属の高官の計2名を被告とする共産党高官贈収賄疑惑事件として刑事裁判が開かれました。その刑事弁護人として、北京市弁護士会の一番優秀な弁護士が当てられました。北京市弁護士会には、弁護士自身の権利擁護委員会があります。その委員会主任で北京の大物弁護士である張さんという方がこの事件の刑事弁護人となったのですが、刑事弁護活動の最中に北京の公安局により、公文書偽造罪で緊急逮捕されるという大変ショッキングな事件が発生し、全国の法曹関係者は大変驚きました。北京の検察庁の起訴意見によると「張弁護士は複数の刑事容疑者弁護活動の中で訴訟関係者に対する証拠調べ、事情聴取を進めるうちに、虚偽の法律文書をでっちあげ裁判所に提出したため、国有資産の流出を招いた。刑法306条の規定に基づき偽証罪の罪で身柄を拘束し、法によって起訴する」とされました。この事件により、地方によっては弁護士の人権自体が危うい状況になり、毎年100件以上の弁護士による権利侵害に対する上申が弁護士会に報告されるようになりました。 (以下省略、全文は「投資機構ニュース」98号に掲載) サイトの内容の無断転載、複製を禁じます。 |