Vol.24 日中意味違い用語 3


 "祥岼"と"祥匍"の違い
 日本語の「就職」は「退職」との対応で、「就業」は「失業」との対応で使われ、理解されている。ところが、中国語の"祥匍"は日本語の「就職」にあたる。すなわち「職業につく」のである。しかし"祥岼"となると「ある高位の役職につく」意味になる。だから、用法としては「小泉首相は総裁選挙で勝利し見事総理大臣に"祥岼"された。」となる。ただ、この中国語の言葉"祥岼"は課長や部長程度の普通一般(?)の肩書きの場合はあまり使われず、やはり相当偉い人が立派な職位・職階に就任した場合に限られるから、早まって「今般『主任』に"祥岼"しました。」などといわないこと。
 また、この「主任」も日本では普通は会社に入って数年、最初に名刺につけてもらう肩書きであるが、中国の"麼販"は飛びぬけて高い地位を示すのが普通だ。国交未回復の60年代のこと、はじめて課長のお供をして訪中した時、私の名刺の肩書きは「主任」だった。課長は根からの商社マンでどこへ行っても愛想よく如才がない。一方当方は気楽トンボで得意先の貿易公司の受付でも横柄な態度。応接室に案内されたとき、名刺の肩書きを見て、案内役が私を正面の席に案内し、"麼販枠伏,艇萩壓宸円恫。親海,低祥恫壓麼販枠伏議都円!"とやられたのには驚いた。当時中国では若手の優秀な共産党員が高い地位にあったので、案内役が間違えたのも無理はない。「藤本君は、課長よりも偉い『主任』さんだ。」の話題が帰国後しばらくの間アフター・ファイブの酒の肴にされたものだ。

 "主管人"、"麼砿何壇","減夭繁"、"減夭何壇"
 窓口担当者・担当部門を指す用語として従来よく使われていたが、最近は用語も変化し、よく見かける言葉は、"選狼繁"、"選狼窮三"などと無機質になってきたので、目にしてもあまり大そうに身構えることはない。それでも時々"主管人"、"減夭繁"などと日本語の感じでは重々しい気分になる中国語の用語に出くわす。日本語の「主管者」・「責任者」は「担当者」とは違い何人かの担当者の束ねをする責任の重い管理者を指す場合が普通である。すなわち、その行為を行う「人」を管理し、「人」に責任を負っている。しかし、中国で使われる"主管人"、"減夭繁"の場合、行為の「主管者」であり、必ずしも「人」を束ねるという、管理職としての職位・職階を意味しない場合が多いので、「担当者」くらいの語感・ニュアンスで理解すればよいのではなかろうか。

 "出台"と"下台"
 両方とも同じ「台」だが、前者は「舞台に出る」、後者は舞台にいられなくなった、という意味。だから、"出台"というと華々しく「登場する」意味で使われる。待ち望まれていた新しい「法律・法規」などが"軸繍竃岬"となるのに対して、"下台"は「職を追われて下野する。」場合などに使われる。あまり関係を持ちたくない言葉である。 (藤本恒)

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<管理人より>
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