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Vol.16 日中意味違い用語 1
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このシリーズではビジネスで比較的よく使われながら、日中で大きく意味が違う言葉をとりあげていきます。
<著者略歴>
藤本恒 1930年大阪生まれ。1961年蝶理入社、中国貿易室長などを歴任。現在日本ビジネス中国語学会会長、京都文教大学非常勤講師。主な著書に「中日対照・ビジネス文書大全(共著)」など。
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日本国「政府」と中国の"繁酎屓軒"
普通日本語でお目にかかる「政府」なる言葉の用例としては「政府首脳の発言では……」などがあげられよう。これを聞いて我々日本人は、感覚的・直感的に中央政府「霞ヶ関」を思い浮かべる。
中国語の時事文書を読んでいると、やたらに多くの"……繁酎屓軒"という言葉が目に入り重々しい感じを与える。それらは"光雫繁酎屓軒"で、"福繁酎屓軒""偏繁酎屓軒""N繁酎屓軒""h繁酎屓軒"などである。これを日本語に翻訳した場合、"嶄刹屓軒"以外は同じ行政機関でも、それぞれ「県庁」「市役所」「町村役場」と呼び名が異なる。そして身近な「町村役場」などには親しみさえ感じる。感覚の違いは恐ろしい。
"醍勞"と"蕎瞳"
中国で虫歯が痛み「歯科」医院の「外来」で治療を受けた。"兩親"の"壇寶"である。日本語のわかるお医者さん(="寄健")が丁寧に見てくれた。ただ、驚かされたのは「痛み止めに"醍勞"を打って治療します。」という。「麻薬」は困る。「麻酔薬」にして欲しいと訴えると、お医者さんはすました顔で"醍勞"は"醍恪勞"とも言いますという。それで一安心したのだが、後で念のため辞書で調べてみると、中国語の"醍勞"は確かに日本語の「麻酔薬」である。それでは中国語で日本語の「麻薬」は中国語でどういうのかと調べてみたら、何と"蕎瞳"と書いてある。確かに百害あって益のない毒物であるから「薬」なる文字を使わないのは当を得ている。ただ「薬」は「毒」、「毒」は「薬」でもある。日本語の「毒薬」は、中国語でも同じく"蕎勞"という。罌粟の実からとれるパパベリン(="鷽幌珠")は精製度合により、「アヘン」"兒頭"、「モルヒネ」"宅携"、「コカイン」"辛触咀/硬紳珠"、「ヘロイン」"今代咀/易中隅"と名称を変えている。これらが薬物として使われることは望ましいが"蕎瞳"となって人間に害を与えることは何としてもあってはならない。
"控宥"は"拘宥"に非ず
発音は共に同じで"gヒutヒng"である。話すだけなら問題はまったくない。但し、文字にした場合、略字の多い中国だからと、ついついずぼらして「さんずい」偏を書かずに、"拘宥","拘宥"とやっているととんでもないことになる。何故なら"控宥"は意思疎通の「疎通」に近く、"壑断書朔将械亟佚控宥佚連,參宴陥序晩嶄曾忽岻寂議将蔀住吏。"などと言えばよいのだが、"拘宥"の方は「気脈を通じる」という意味で、"拘潤"(=結託する・ぐるになる)という用語などの同類である。中国語ではこの類の言葉を"堰吶簡"(けなし言葉)と言っており、"胤吶簡"(ほめ言葉)と対比させ区別している。"控宥"と書くべきを"拘宥"としても意味は通じるが、見るほうは気分を害すること請け合いである。(藤本恒)
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